一輪の華
忍び寄る影

その頃、イタリアでは幹部が抜けた穴を補うべくいつもより少しだけ忙しい1日が流れていた。


ザンザスはいつも通り、自分のペースで仕事をしているため何も変わったところはないように見えるが、今日はいつもよりもおとなしい。それは単に周りでうるさく喋る男がいないことで穏やかに過ごすことができているのか、張り合いもなくつまらないのか……。








「ザンザス。Dランクの任務に行ってきます。」

「あ?お前がか?」

「人手が足りないの。せっかくだし新人でも連れてちゃちゃっと行ってくるよ。」

「……………」

「?ザンザス?」

「……さっさと行ってこい。」




ザンザスは何か思うことがあったのか無言でこちらを見つめてきたが、問いかけても何も答える気は無いようで、しまいにはその紅い瞳を閉じてしまったものだから、噛み合わない視線の中「いってきます。」と告げて我が家である屋敷を出た。









「副隊長、今日の任務って最近噂になってる事件の調査ですよね?」

「えぇ。」









最近妙な事件が起きている。



イタリアを中心に、裏切り者によってファミリーが全滅もしくは再起不能な状態になる事件が起きているのだ。



ボンゴレと交流のあったマフィアのいくつかも身内同士のいざこざで最近ダメになった。

ファミリーから裏切り者が出ることやもともとファミリーに敵が紛れ込んでいたなんて話はこの世界では珍しいことではない。それがなぜ事件として上がってきたのか。不可解だからである。派閥同士の対立でもなければ、一人の優秀なスパイの仕掛けた罠でもない。どこのファミリーでもたった一人の身内によってほぼ壊滅の状態に陥られているのだ。



奇跡的に生き残った者の話によれば、あんな奴俺は知らない。あいつがあんなに強かったなんて知らない。まるで別人のように、親の仇でも目の前にしているかのような目つきで今まで共に過ごしてきたファミリーを殺し始めたのだという。そして散々暴れまわったあげく狂ったように発狂しそのまま息絶えたのだとか…。





Dランクの任務の多くは暗殺ではなく諜報、情報収集などだ。本部の行うような案件ではなく、暗殺部隊に寄越すような内容の、つまり多少危険度の高いものである。その多くはランクB、Aの暗殺の任務に必要なターゲット情報などである。



つまりこの事件、何か裏があるとみて調査することになったのだ。ファミリーを全滅させるほどの強さを持つ何者かの手引き、もしくは黒幕がいるとみて、本部ではなく暗殺部隊に捜査の依頼が回ってきた。



と言っても、今日は最近事件の起きたファミリーの屋敷へ行き、現地調査をするくらいになるだろう。







ついた屋敷は物静かだった。

死体はもうないがあちらこちらに飛び散る血痕。スマートな殺し方ではなく、憎い相手を八つ裂きにしてやったような、恨みや怒りをぶつけたような殺し方。








「………ひどいですね。これをたったひとりで…」

「ええ。しかも中堅の男が一人で、ね。」

「え!?幹部クラスの者の仕業じゃないんですか?」








そう。おかしいわよね。

今までこの時のために実力をひた隠しにして時期を狙っていた?だとしたらなおさら最後は自分も死ぬなんておかしいじゃない。念入りに練った計画だとするならば、もっとスマートなやり方がいくらでもあるはずなのだ。ひとりで暴れれば必ず取り押さえる者たちが来る。そんなことは誰にだってわかるはずなのに。




未だ血なまぐさい匂いの残る部屋の中央には焼け焦げたような跡があった。


上がってきた資料には犯人である男はファミリーのほとんどを殺した後、ここで焼け死んだと記載されていた。




生き残った誰かが火を放ったのか、それとも自分で放ったのか。


今はもう誰に聞くことだってできないけれど。



その焼け跡からは何か不思議な気配を感じた。




炎に包まれながら、男は何を思い、死んでいったのだろう。

目を閉じれば脳裏に響く男の叫び声。

熱さに悶えているわけではない。何かに苦しみながら、この世を去ったのだ。




その何かがわかれば、この事件の謎もかいめいできるかもしれない。







カツン、と部屋に響いた靴音はまるでわざと立てたかのように大きく心臓がどきりと跳ねた。




この屋敷には自分と部下の二人の気配しか感じられないはずなのに。正確には今だって自分の他には部下の気配しか感じ取れないのだ。体温は上昇したような気もする。しかし指先の感覚はあまりなかった。靴音が響いてコンマ数秒。頭の中でいろいろ考えたり思い返してみたりすることはあったのだけれど、その答えに行き着くより少し早く銃口が見知らぬ男の姿を捉えた。そして行き着いた答えの結果も出る。






何かが背後に立っていた。








つまりこの屋敷には自分と部下以外に少なくとも今の時点ではもう一人いた。

銃口を向けた先にいた男をようやく目で捉えたわけだが、確かに目の前にいるはずの男から気配が感じられない。気配というよりも生気を感じないのだ。





「そんなに怖い顔しないでくださいよ。」





表情一つ変えずに話しかけてきた男に今のところ殺意は感じられない。かといって、いつ攻撃を仕掛けてくるかもわからない。




「あなた、何者?」






男は質問には答えずに、口角だけを少し上げた。











- ナノ -