スクアーロは戸惑っていた。
もちろん、10年後の未来があんなことになっていたことや、随分とハイテクな戦い方をするようになったことに驚いたし、9代目直属などと謳いながらもガキどもを援護した未来の自分たちに…というよりここはザンザスに対して純粋に驚いた。
10年経てばこの御曹司も歳相応になるらしい。
一番驚いたのは自分自身に対してだ。
匣アニマルとかいうサメに乗り、海を渡っちまうほど俺はクレイジーな奴だっただろうか…。
イタリアからジャッポーネだぞ?ありえねえだろ。いくらエミがチビになったからって…………いや、そもそもなんでエミがチビになったくれぇで俺はあんなに動揺してたんだ?
ただただ、あいつを守ってやらねぇといけないと思ったんだ。そうして気付けば海を渡って日本まで行ったらしい。
そこで再び困惑する。
エミを守る。
当たり前のように聞こえるが、果たして今までそんな風に思ったことがあっただろうか。
あいつは強い。暗殺の腕だけでなく、精神的にも強いやつだ。副隊長として、ザンザスの代わりを務めあげた8年間の間も、俺たちの心が折れなかったのはあいつが折れなかったからだ。俺はあいつの支えになってやりたいと思いながら、結局はあいつの存在に支えられて8年間を過ごしてきた。
ザンザスの過去を誰に話すこともせず、ひとりで守り通してきた。
あいつが泣くのはいつだってザンザスの前で、その涙を拭うのもザンザスだった。それでいいとさえ思っているし、そういうものなのだと思っている。今も。
それでも10年後の自分は、何か大切なもののためにエミを守らなきゃいけないと思っていたらしい。自分のことだというのに、らしいだなんて変な話だが、実際それしか表現できなかった。
確かに10年後の俺は、エミというひとりの女のことを大切に思っているらしい。今よりももっと、所謂特別な存在として。
「そろそろエミが帰ってくるよ。」
「まぁー!聞きたい事が山ほどあるけど、それよりなによりエミが無事に帰ってきてくれることが嬉しいわねん!ね、ボス!」
「はっ!無事じゃなかったら俺様直々にボコボコにしてやる。」
「へぇーそれが未来でお勤めしてきた副隊長への労いの言葉??」
数日間聞いていなかっただけの声が、何故かとても懐かしく感じた。
振り返った先には、開けっ放しの扉に寄りかかり首をかしげるエミがいた。
ザンザスの不器用な態度も、エミにはなんの意味も持たず、きっと心配していたこともお見通しなのだろう。
姿を見つけた瞬間駆け出し飛びついたベルフェゴールを、なんなく受け止めその頭を優しく撫でる。いつもの光景だ。
「しししっ、おかえりエミ!」
「ただいま、ベル。やっぱりこの時代のベルの方が安心する。」
「こんなことしねーから?」
チュッと、軽いリップ音を響かせてエミの頬にキスをしたベルフェゴールは、したり顔でエミを見たあとこちらを振り返った。
その場所は10年後の奴が、エミとの別れ際にしたのと同じ場所だ。
「こら、ベル!調子に乗らない。」
「うふふ、愛だわねぇ〜」
「う"ぉおおおい、何してんだてめえ!」
「おめーには関係ねぇだろ、喋るサメ。」
弟のように可愛がってきたベルからの頬へのキスに、された本人はなんとも思っていないようだった。
それがまた俺の心をかき乱す。
未来の別れ際、同じようにキスをしたベルとザンザスは、何を思ってそんなことをしたのだろうか。そして、それを目の前で見た10年後の俺が、どうしてあそこまで焦ったのだろう。
未来は変わった。
ここは白蘭の支配に苦しむ未来ではなくなった。
ただ、同じ未来を辿るとも限らない。
この先、何がどうなっていくかなんて結局のところわからないままなのだ。それでいい。
なるようになった先が、俺たちの未来だ。