いつだってお前が泣くのはザンザスの前で、その涙をぬぐってやることもできなかった俺。
これからだって別にそれで構わねえ。
俺は別にお前の弱ってる姿を見たいわけでもないし、それを慰めたいわけでもない。
お前の一番が俺じゃなくたって構わない。
ただ、お前が笑顔で居られるように、俺はお前の居場所を守ってやりてえ。
お前の大事なもの、お前の守りたいものも全部まとめて。
お前が笑顔でいられるように。
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あれから3日、エミは目を覚ますことがなかった。
マーモンの分析ではマインドコントロールにも似たような力で、憎しみを植え付けられそれに抗おうとすればするほど、精神と肉体のバランスが崩れていったらしい。
目を覚ました時、エミの瞳に色はあるだろうか。
あれからいつ起きてもいいように、常に誰かしらが病室にいた。その中でも任務以外のすべての時間をここで過ごすスクアーロは、あれから実にいろんなことを考えていた。
あの時、偶然スクアーロからも死ぬ気の炎が出て、雨の炎の特性が【鎮静】であったことからこうしてエミもスクアーロも無事だった。
まさか自分も死ぬ気の炎を出すとは思っていなかったスクアーロは、実はエミと死んでもいい気すらしていたのだ。
もちろん死にたかったわけではない。
ただ、エミをひとりにしてはいけないような気がした。
あいつがひとりで泣いているような気がしたから。
とっさの行動だったのだ。
思い切り抱きしめたエミは想像していたよりも小さくて、こんな小さな背中に自分は今まで寄りかかっていたのかと思うと情けなさがこみ上げてきた。
守ってやらなきゃいけないほど、弱い奴じゃない。
だからって、ひとりで生きていけるほど強い奴じゃなかったのかもしれない。
俺の腕の中で子供のように泣きじゃくるエミを見て、そういえばこいつの笑顔は花が咲いたように可愛らしかったことを思い出した。
笑ってほしい
そんなことを思ったのは初めてだった。
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ヴァリアーの本部内に設置されている病室の窓からの景色は実に穏やかなもので、こっちまで穏やかな気持ちになった。
少しだけ開けた窓の隙間から風が吹き込み、ずいぶん長くなった髪を揺らす。
「……っ、スク…アーロ?」
「!?……っ、おまえ!」
起きたのか?という言葉は、出てこなかった。
しかしきっと伝わっていると思う。
窓からの光に目を細めるエミの瞳は、暖かな群青だった。
大丈夫か、苦しくないか、痛むところはあるか、言いたいことはたぶんたくさんあった。
しかし目を覚ました最初の言葉が自分の名前だったということが、想像以上に心にグッとくるものがあり、その気持ちのまま思いっきりエミを抱きしめた。
やはり小さいこいつを、こいつの笑顔を守ってやりたい。そう思った。
「ちょっと、スク、痛い…」
「うるせえ黙ってろ。心配かけやがって。」
「………ごめんね」
あぁ、違う。そうじゃねぇなぁ。
「……エミ。無事でよかった」
「スクアーロ……ありがとう」
「おまえは笑ってろ。お前が笑っていられる場所は、俺が守ってやる。」
それが俺の隣じゃなくたって構わねえ。
俺はお前が笑ってさえいてくれればそれでいい。
花のように笑うこいつを、見守っていられる距離にいたい。
「俺のふたつめの【誓い】だぁ!今日からは前髪も切らねえからなぁ!!」
「!!」
8年前、ふたりでザンザスに誓ったように、今日ここでおまえに誓おう。
俺の勝手な誓いを聞いて、エミは目をぱちくりさせて驚いたあと、花がほころぶように笑ったのだった。
未来で会ったスクアーロが、前髪を伸ばしていた理由も同じものだったとしたら。
今日ここで立てた誓いが、10年後もまだ変わらずに在り続けているのだとしたら。
きっと私は誰よりも幸せ者なのだろう。
「だからエミ…笑え」
「………ぷっ」
「おい、誰もバカにしろとは言ってねぇぞお!こっちは大真面目だぁ!」
「バカになんてしてないじゃない!」
「してんだろぉがぁ!!」
ありがとう、スクアーロ。
ずっとそばにいてくれて。
10年後もどうか私のそばで笑っていて。
あなたの隣が、私を笑顔にしてくれると思うから。
ふたつめの約束 完結