一輪の華
あなたの腕の中で

壊滅したファミリーのアジトはどこも酷い有様で、その犯人の最期はいずれも焼け死んでいた。

もし、犯人がエミと同じように死ぬ気の炎を出していたら?

未来での記憶でザンザスや沢田綱吉に限らず、どんな奴でもその体に死ぬ気の炎を宿していることが分かった。


あの謎の男によってそのリミッターが外されていたとしたら、生命エネルギーである死ぬ気の炎を全身から放出して最後には力尽きたとしたら。
死ぬ気の炎は文字通りその人の持つ力を最大限に引き上げるもの。どういうわけか全身に死ぬ気の炎を纏った状態の人間が暴れれば、普通のファミリーであれば全滅してもおかしくはないだろう。この時代にはまだ死ぬ気の炎なんてものを使う戦い方はないのだから。


「ちっ、エミの奴、分かってやがったな」

「どうするのよ!このままじゃ…」


エミの炎は雲の炎と少しばかりの大空の炎。

雲の炎の力、増殖によってエミの中から吹き出す炎がさらに火力を上げていくのに伴い、エミの息も少しずつ上がっている。


エミは泣いていた。


もちろんその群青の瞳から涙は一雫も流れ落ちてはいない。それでも本当の彼女は、大粒の涙を流しながら嫌だ!やめて!ということを聞かない自分自身へ叫んでいた。
その叫びや涙が炎となって溢れ出し、自分の寿命を縮めていく。なんという悪循環だろうか。

事件の首謀者は皆、自分の中から溢れ出す炎によって焼け死んだ。屋敷の焼け焦げた跡で感じた違和感。それはきっとそこで最期を遂げた者の死ぬ気の炎の存在だったのだ。

心の中ではこんなことしたくないと叫んでいるのに。体と心がバラバラで言うことを聞かない。みんなのことが大好きなのに。みんなのことを守りたいのに。そう思えば思うほどに、みんなを傷つける自分の体。

今ならわかる。そこで最期を遂げた者の辛さ。辛いなんてものではないはず。自分のファミリーへの想いが、逆にファミリーを傷つけることになろうとは。
止めようと思っても止まるわけもなく、次第に息が上がり苦しくなっていく。先ほどに比べて炎の勢いが上がっているのは、自身の属性のせいだろう。


ごめんね…みんなごめん。


言葉にならないもどかしさと、気持ちとは裏腹にみんなを傷付けていく自分に苛立ちも覚える。あの男の植え付けていった憎しみは、結局自分自身を憎むことで終わりを告げるらしい。抗えなかった自分へ、大切な仲間を傷つける自分へ。

もう、何をしたってみんなの元へは戻れない。


「ザンザス!攻撃をやめろぉ!」

「………なんの真似だ」

「これ以上あいつを刺激すんな」


距離を取りエミに銃口を向けていたザンザスの前にスクアーロが割って入った。照準が僅かにずれて目の前で止まった。


「邪魔すんな、カス」

「これ以上炎をだだ漏れにさせてたら、本当に死ぬぜぇ」

「じゃあ、どうすんだよ!!」

「俺が知るかよ!」


そう叫びエミの元へとスクアーロがかけていった。何の策もなさそうなスクアーロではあるが、ここにきて初めてスクアーロが動き出したため言われた通りに攻撃をやめた。

スクアーロはエミの目の前で剣を捨てた。スクアーロは剣以外で戦わない。エミの数メートル手前で左手から剣を外し、大切なその剣を放り投げる。両手を緩く広げたまま、スクアーロはゆっくりゆっくりとエミとの距離を縮めていった。ほんの数歩がとてつもなく長い距離に思えたのはスクアーロだけではなかった。ふたりを見守ることにしたほかのヴァリアーのメンバーも、ザンザスも。武器をスクアーロに向けているエミも。


(やめて。こないで。もうこれ以上みんなを傷つけたくないから。)


伝えることのできない想いは、炎となって溢れ出す。


「エミ。…エミ。」


スクアーロは返事をしないエミに向かって、名前を呼び続ける。今武器をこちらに向けるエミにではなく、心の中の本当のエミに向かって。まるで心の叫びに返事をするかのように。

それは確かにエミに届いている。


(スクアーロ、スクアーロ!)


そのひとつひとつに返事をしているのに、したいのに。声にならず炎となって溢れ出す。

あと、一歩スクアーロが前に出ればその切っ先はスクアーロの心臓に当たってしまうところまでゆっくりと進んでいった。
今、少しでもエミが前に踏み込めばスクアーロの心臓はひと突きにされる。


「エミ」

「………」


心配しているわけではない。
咎めるわけでもなく、責めているわけでもない。


ただただ、呼んでいるのだ。エミの名を。
帰っておいでと。


「………エミ」

「ス……ク、っ」

「…!エミっ!」


小さく小さく。

涙を流しながらスクアーロの名を呼んだ。

カラン、と手から滑り落ちた剣を踏み越え、スクアーロは全身から炎を吹き出すエミをそのまま抱きしめた。


「もういい…エミ、帰ってこい」

「うっ、うぁ、あっ…」

「エミ」


抱きしめられたエミは嫌々と駄々をこねる子供のように首を振る。もう戻れない。みんなを傷つけてしまった。もう体の中に残る炎の量も残り少なくなってきていることがわかる。
きっとファミリー壊滅事件の首謀者たちも、こうやって自分自身の炎によってその身を焦がし死んでいったに違いない。言葉にならない苦痛の声を死ぬ気の炎に変えて。

かつての仲間に、いや、その時ですら大事に思っていた仲間たちに心の中で詫びながら涙を流したんだ。


「俺はどこにもいかねえ。お前のそばにずっといてやる。お前のことは俺が守る。お前の守りたいもんもまとめて全部だぁ。」


エミに触れたスクアーロは全身の血が沸き立つのを感じた。それは炎に焼かれる感覚ではなく、自分自身の内側から何か力が湧いてくるような感覚に近かった。
スクアーロの言葉は閉ざされていたエミの心に染み込んでいく。暗闇に支配され何もなかった自分の内側に、スクアーロの言葉が光となって入り込んでくるようだった。

彼によって照らされたエミの内側には、ちゃんと大事な記憶があった。暖かな記憶に、大事な人たちとの思い出、何気ない日々の光景。

「ねーちゃんとスクアーロの炎が混ざってく…」

「…そうか。スクアーロは雨。」


エミの炎に触発されてスクアーロからも死ぬ気の炎が溢れ出していた。スクアーロの属性は雨。すなわち鎮静の能力を持つ。コントロール不可能となって全身から溢れ出すエミの雲の炎は、スクアーロの雨の炎をもその増殖の力によって増やしていった。

やがてスクアーロの雨の炎が雲の炎を上回り、ゆっくりとエミを包み込んでいく。

凄まじい大きさだった雲の炎は、次第に小さくなっていき、エミもまた泣くことをやめ眠るように目を閉じた。全身の力が抜け、その全てをスクアーロに委ねた。
エミの顔は、涙の跡が残るものの穏やかだった。
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