一輪の華
群青のウチガワ

「大丈夫なのかよ…」

「…………………」


ぽつりと漏らした疑問に答えるものはいなかったし、その答えを知っていたかもしれない男も、もうこの場にいない。

紫の炎の中にオレンジの筋が見える。渦巻く炎はまるで龍が天に昇っていく様であった。

だらりと下げられていた両手がゆっくりと持ち上げられる。

エミの愛剣は刃渡り90センチ以上のロングソード。エミが背負うとその持ち手の十字架がチラリと見えるほどの長さがある。しかし洋風なのはその見た目だけで刀身は日本の侍が使っていたという日本刀に近い。西洋のものと違い片刃であるそれは、しなやかで軽いのが特徴だ。
日本刀特有の緩やかな湾曲と見事な刃紋がエミは気に入っていた。


カチャリ、体の中心で構えられた剣の先は、ぶれることなくこちらを向いていた。
ゆっくりと行われたその動作はなぜか人の目を惹きつけた。
もたげた首が、相変わらずゆっくりな動きであげられていく。


顔を上げたエミは瞳を閉じていた。


「…………ーっ、」


大きく息を吸い込みそして長く吐いた。


開けられた瞳は自分たちの知る群青とはまるで違っていた。
ギラギラと燃え盛る炎とは対照的に、エミの瞳は冷たさすら感じられるほど深いものになっていた。底なしの海底のような深い群青。


「カス共、今度こそ本気でやんねえとアレは止まんねえぞ」

「…………マジのトーンで言わないでよボス。あんなの見たら手抜けないって…」


誰かが生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。


くる!、そう思った時には隊服の袖が風ではためいていた。
それに気付いて振り返った時には既にレヴィとルッスーリアが前のめりに倒れていく姿が目に映った。血のついた刀身が月の光に照らされて艶めいたように見えた。


「おい!レヴィ、ルッスーリア!」

「うっ…」

「エミの奴、本当に切りやがった…」

二人ともこちらの呼びかけに返事はしないものの、死んじゃいないようだ。それでも刀についた血が切られたという事実を物語っている。二人は紛れもなくエミによって傷を負わされたのだ。


俺たちに背を向けていたエミが振り返る。


何の感情も映し出さなくなってしまったその顔は、仲間を切った後でも変わることはなく、彼女を包み込む死ぬ気の炎だけが火力を強めた。

どこかでまだ他の方法はあるのではないか、エミを傷付けずに連れ戻す方法があるのではないかとここにいる誰もが思っていた。しかし、そんな甘いことを言っていられる場合ではなかったようだ。エミは、文字通り本気だった。俺たちへの拒絶、そして全てを諦めたような冷たい瞳。そこに俺たちの知るエミの面影はない。

ザンザスが銃で攻撃を始めたため、少しずつ俺たちから距離をとっていくエミ。ザンザスの狙い所も威嚇の枠を超えていて、致命傷は避けつつも確実に当てにいっている。それを流石というべきか、見事に避けてみせるエミ。
それぞれが休む暇を与えず攻撃を仕掛ける中、スクアーロだけは手を出すことなく負傷したレヴィとルッスーリアの介抱にまわった。遠距離型のザンザスとベル、そしてマーモンが攻めている中では、剣士のスクアーロはエミに近づくことすらできない。それを少しホッとした気持ちで眺めつつ、座り込む二人の元へとやってきたのだ。


「てめぇら生きてっかぁ?」

「失礼しちゃうわ!生きてるわよ!…と、言いたいところだけど、生かされたのほうが正しいかしらね。」

「どういう意味だぁ!」

「バカか貴様は。エミさんは初めから俺たちを殺す気なんてない。」


レヴィの言葉に慌ててエミを振り返る。

そこには3人からの立て続けの攻撃に少し息の上がったエミがいた。


「スクちゃん、たしか死ぬ気の炎は生命エネルギーよね?未来の記憶で少し見たけど、あんなにだだ漏れにしてエミは大丈夫なの?」


ルッスーリアの言葉で妙に冴えた頭が叩き出した答えは最悪のものだった。
- ナノ -