一輪の華
すなわちボクのため

先ほどの操り人形たちのように、男の身体を焼き尽くしにかかるザンザスの死ぬ気の炎。



炎に包まれながら、男は絶やさなかった笑顔を無表情に変えた。





それは貼り付けていたわざとらしい笑みよりもずっと人間らしいものだった。







「てめえは憎しみを生み出してたんじゃねぇ。憎しみに生み出された作りモンだ。俺が雑念も残らねえように灰にしてやる。」

「………そう、かもしれませんね。しかしながら、わたくしを消してもこの状況は変わらない。そしてわたくしという存在がなくなったところで、世界になんの影響も出ないように、再びわたくしという存在が生まれることでしょう。」

「ごちゃごちゃうるせえ。俺は気に入らねえモンを消すだけだ。」

「そうですか、…」








続く言葉を聞くことは叶わなかった。




ただ最後に見えた男の顔がまた笑顔に戻っていた。とりあえずそれだけのこと。








「黒幕はあっさりボスが倒しちゃったわねん!」

「さすがです!ボス!!」

「でもさーこれからどうすんの?」








黒幕だったはずの男は確かに今、ザンザスによって跡形もなく消え去ったのだが、それによってエミに何か変化があったわけではない。









「言ったはずだ。何がなんでも連れて帰れ。」

「っ、う"お"ぉい!!まじでエミとやり合うつもりかぁ!?」

「でもこのままにしておくより、無理やり連れて帰ったほうが治す方法も見つけやすいよ。」

「どっかに行かれちまっても困るしなー。」








ザンザスは初めから力づくでもエミを連れて戻る気でいた。そこにエミの同意は必要ない。エミがヴァリアー以外でなんて生きていけないことを知っている。誰よりもヴァリアーを想い、誰よりもヴァリアーに依存している。しっかりしてはいるが、自分の前では泣き虫なのも知っていた。




エミがヴァリアー以外で生きていく道など生まれた時からありはしないのだ。



(それは、俺もか…)



小さく笑ったザンザスを見た者は誰もいなかった。


「本気でいけ。殺されるぞ。」

「………ししっ、マジかよ。」










こちら側の意志は固まった。




戦う覚悟を決めたベルフェゴール達と、渋々ながらも剣を抜くスクアーロ。こちらの会話を聞いた上で、背中に預けた剣に手を伸ばすエミ。



おとなしく連れて帰られるつもりはないようだ。










「お願いだから私に構わないで。」

「聞こえねえな。」









エミの願いはザンザスに足蹴にされて叶うことはなかった。

ため息をついて剣を構えたエミにレヴィとベルフェゴールが真っ先に突っ込んでいった。








レヴィのパラボラからの攻撃を避けた先にタイミングよく飛んでくるベルフェゴールのナイフ。緩急をつけた攻撃に、間を縫ってルッスーリアが滑り込んでくる。





3人のコンビネーションは、普段喧嘩ばかりしている連中からは想像もできないくらい抜群な出来栄えだった。速攻タイプの3人が攻め込んだので、マーモン、スクアーロ、ザンザスはひとまず後方で様子を伺っている。







エミが強いことは誰もが知っていた。



だからこそ最強と謳われる暗殺部隊の副隊長を務められるのだ。




しかしどれほど強いのかは正直わからなかった。





補佐に回ることの多いエミは、自らは一歩引いたところで取りこぼしを補う役目を担ってくれていたからだ。後ろにエミがいてくれる。それがどんなに心強くて、暴れやすかっただろうか。エミが後ろにいるだけで、前だけに集中できる。組んで一番気持ちのいい相手というのがエミだろう。







ここにいる誰よりもヴァリアーにいた期間が長く、誰よりも早く暗殺者として完成した。そしてそれは未来での戦いでさらに増したのだろう。








攻撃を避けてばかりのエミが、だんだんと動く範囲を狭めている。無駄のない動きで着実に距離を縮めてきている。









「おい、マーモン。エミがあいつらに気を取られてるうちに幻覚で落とせ。」
「了解ボス。」

「てめえ、ハナっからそのつもりだったなぁ!?」









ザンザスは何が何でも連れて帰れと言ってはいたが、手荒な真似をするつもりは初めからなかったようだ。それを知り、スクアーロは構えていた左手をゆっくりと下ろした。きっとこの男にはエミを傷つけることなんてできないのだろう。













軽やかに舞うように攻撃を避けていたエミが、急に止まった。

ちょうどよく向かってきたナイフを剣で弾き飛ばし、向かってきていたルッスーリアの足元へ返す。ルッスーリアは踏みとどまって彼女の足元を見た。








紫色のグロテスクな触手が、エミの両足を拘束していた。




マーモンの幻覚だ。


下手に近づくと巻き込まれかねないので、攻撃を中断し距離をとる。










「グロいもん見せんなよ。」

「ベルみたいな趣味はないよ。」

「無駄口叩いてねえで、さっさとやれぇ!」











エミの動きを封じたところで、マーモンはおしゃぶりの鎖を外した。マントの下で光り輝くおしゃぶりは、藍色の光を放ちマーモンの幻覚をよりリアルなものへと変えていく。拘束するだけなら力を解放する必要もないのだが、エミが幻覚による影響を受けやすいことを利用し、そのまま気を失わせてしまおうということで、フルパワーで幻覚の世界へと引き摺り込むらしい。





触手は足首から徐々に上へと伸びていき、首から下のほとんどは拘束された。剣を持つ腕も拘束されて、まるで身動きの取れない状態だ。










「見ていられないわ…」






渋い顔をしているのはルッスーリアだけではなかった。








誰もエミが苦しむ姿なんて見たくないだろう。いや、ほとんど見たことがなかったかもしれない。それほど彼女は小さな背中に大きなものをたくさん背負い込んで、たったひとりで立っていられる人だから。苦しみや悲しみは表に出さない人だから。





早くこの苦しみから解放してやりたくて、早く自分たちのこの苦しみも開放してもらいたくて。







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