一輪の華
ほんとうのことだったこと


この世に絶対なんてことないのは、生まれた時から知っていた。


一国の王の子供なのに、俺には双子の兄弟がいた。同じ時間だけ母親の腹の中にいて、同じ日にこの世に生まれ落ちたのに、出てくるタイミングの数秒で王座があるものとないものに分類されるくらいの世の中だ。




この世に絶対なんてない。





どんなに強い奴だって心臓が止まれば死ぬし、どんなにできた人間だって寿命がくればみんな死んでくんだ。





あんなに強いボスだって、8年間帰ってこなかった。

戦って負けることもあった。







だけどどっかで、エミだけは絶対に俺のそばにいてくれて、どんないたずらをして怒らせようと最後には笑ってくれて、ヴァリアーにはエミが絶対に必要で、エミもヴァリアーに執着しているものだと思ってた。






ボスがボンゴレに執着するのと少し似てるような気がする。



エミはきっと、ヴァリアーに執着してる。













「こないで。」

「何言ってんの?俺ら迎えにきたんだぜ?そんなもやしみてーな奴、さっさと殺っちゃって早く帰ろーぜ」

「そこの男のことは好きにしてかまわないけど、私のことはほっといて。」








しばらく誰も何も言わなかったし、たぶん動きもしなかった。きっとそれぞれ頭の中で今のやり取りとかエミの顔とかいろいろ何度も思い返してみて、自分に都合がいいように解釈しようとしてる。






「わたくしのことはどうしてもらっても構いませんが、わたくしに危害を加えたところでコレは治りませんよ。」

「てめえ、エミに何をした。」

「ふふふふ、さぁなんでしょう!知ったところでどうすることもできませんよ。何をしたって彼女のためにしたことは全部、彼女を苦しめることになる。」










物事はっきり言わない奴は嫌いだ。



遠回しに遠回しに回りくどい言葉ばかりを使って、本当に言いたいことのこれっぽっちも口に出してない。







「ほっといてだなんてよく言うわ〜!そんなんで私たちがあなたを置いて帰るわけないじゃない?」

「当たり前だ!エミさん!!あいつに何を言われたか知りませんが、何も気にせず帰ってきていいのですよ!」

「…やめてってば。戻り、たくないの、」








心底苦痛だというように顔を歪ませて。


心の底から俺たちを否定した。


俺たちの心からの言葉に、ひどく顔を歪ませた。









そんなエミの顔、見たことなくて。




エミの顔で思い浮かぶのはまず笑顔。

満面の笑みじゃなくて、ふんわり笑う優しい微笑み。おれはそんな風に笑うエミに、おとぎ話に出てくるような母親を重ねてみたり、ちょっと年の離れた姉ちゃんを重ねたりしてたんだ。




一緒にカスザメにいたずらしかけて、くすくす笑い合うことも、それがバレて追いかけ回されてケラケラ笑いながら逃げることも、会議中ふざけてわりと本気で怒られたことも、そのあとちょっとだけ反省して大人しくしてたら、みんなに内緒でお菓子をくれることも。





全部今まで本当にあったことで、どのエミも本当だったはずなのに、それすら消えてしまったかのような冷たく苦しそうな顔。




エミのことを悲しませたり、苦しませたりする奴がいたら誰であろうと許しはしないつもりだったけど、こんなの、これってつまり俺たちのせいなわけ?俺たちエミを苦しめてんの?











「ベル!!勝手に動くんじゃねぇ!!」

「知るかよ。俺はねーちゃんを連れ戻す!」













後ろでスクアーロが止める声と、ボスの舌打ちが聞こえた。





これ以上、なんかよくわかんないエミは見てらんないし、いつまでもニタニタしてる男は気に入らねぇし、この男のせいでエミが変になっちまったのは確かだから。もしかしたらこいつが死んだところで何も変わらないかもしれないけど、俺のこのイライラの矛先がエミに向くことは絶対ないから。せめてこのムカつく男だけでも、サボテンにしてやんないと気が済まなかった。軽率な行動だって怒られたって構わない。だって、やらなかったことをあとから悔やむくらいだったら、やっちまって失敗して、あ"ぁー!ってなった方がスッキリするっしょ。












「死ね。えーっと、死にかけのピエロ!」

「死にかけのピエロ…!なかなかハイセンスな呼び名ですね。」

「よかったな、最後に名前がもらえて、よっ!」












この世に絶対なんてないけど、俺はどんなことがあったって、例えエミが俺のことを嫌いになろうとも、エミは母親で、姉で、初恋の相手で、これからだって絶対に嫌いになることなんてないって言い切れる。








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