一輪の華
人魚姫はうみにかえる


「いいですねぇ。もっともっと恨むといい。この私を。ねぇ、独立暗殺部隊ヴァリアーの皆さん」

「お前は………」








姿形はザンザスにボコボコにされ、使い物にならなくなったうちの隊員だ。マーモンの見立てによると精神の方が可笑しくなっちまってるらしい。



しかし俺は今のこいつの中身のほうを知っている。日本で行われた継承式の会場で、俺たちが独立暗殺部隊ヴァリアーだと知りながら話しかけてきたあの男。生気を感じられない、病人みたいに白い、いけすかない男。話したのはあの一瞬で、その後奴の姿を会場内で見ることはなかった。騒ぎの後、まっさきに奴の顔が浮かんだが首謀者はシモンファミリーだとかいうガキどもだった。忘れていた。今の今まで。それほどまでに存在感がなく、気配も薄いあの男の面影を、今この隊員からひしひしと感じている。








「てめえ、日本で会った奴だな。エミをどこやった。」

「おや、さすがは2代目剣帝殿。お察しが鋭いですねぇ。」

「そんなことはどうだっていい。エミはどこだぁ!」

「早くゲロっちまわねーと、その首飛ばすぜ?」

「どうぞお構いなく。この方の首が飛ぼうとわたくしにはなんの影響もございません。」










相変わらず姿形は隊員のままで、視線すら合わない。それなのに口だけははっきりと言葉を並べる。このイライラした喋り方、間違いない。あいつだ。しかしどういうことだ。俺たちが日本にいた時、確かにあの男も日本にいたはずだ。ザンザスに連絡を取ったのは騒ぎのすぐ後だが、その時はすでにエミと連絡は取れない状況にあった。共犯者でもいるのか。





「言え。貴様何者だ。俺たちがヴァリアーだと知っていて、ちょっかいかけてんならそれ相応の覚悟があんだろうな。」

「おぉ、怖い怖い。わたくしに名などありません。それからエミさんなら無事ですよ。」










無事、その言葉がたとえ敵から出た言葉だとしても、ホッとした自分がいた。



ザンザスは名前なんかを聞きたかったわけじゃない。バカにしているとも取れる男の口調が、もともと沸点の低い彼らを煽る。ザンザスの右手が再び光りだしたが、今度は止めるものはいなかった。しかし、ここでそこにいる隊員を消したところで何かが変わるわけでもなく、手かがりもないに等しいとなるともう少しこの男の口から得られるものは得ておかなければならない。スクアーロはうちから沸き起こる怒りを必死に押さえ込みながら、男に問う。






「もう一度聞く。てめえエミをどこにやった。」

「彼女ならここにいます。彼女の意志で。縛り付けたり、鎖で繋いだりなんかもしていませんよ。女性は大切に扱わないと。あなた達の元へと帰らないのは、彼女自身の選択です。」

「そんな馬鹿な話、信じると思うわけ?」

「信じるも信じないもあなた方自身です。ですが、現に彼女はあなた方の元ではなく、わたくしの元にいる。そもそも、何故あなた方は彼女が無事なら自分たちの元へと帰ってくるものだと信じきっているのですか?」








何故、そんなもの当たり前だからに決まってる。あいつの帰る場所はここだ。あいつの居場所はずっと昔からここなんだ。





ついに耐えきれなくなってザンザスの炎が隊員を包み込んだ。男は叫び声ひとつあげることなく燃えていく。それもそうだろう。焼けているのはうちの隊員だ。






男は最後に、「あなたの1番大切な人は誰ですか?」と問いかけて消えていった。









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