Short story
愛しと思へど音は出ず
「ぶへっ」
「ぐぴゃ」
気の抜ける声と共に後ろへと倒れた幼馴染は、リボーンが蹴飛ばしたランボを顔面で受け止めていた。痛そう。顔をしかめながらツナの顔にへばりついて今にも泣きそうに鼻水を垂らしているランボを拾い上げる。
「ランボ大丈夫?」
「が・ま・ん…するもんかぁー! ちね、リボーーーン!」
「望むところだ」
二人は一通り部屋の中をごちゃごちゃにしたあと、嵐のように去っていった。ローテーブルの上に広げていた教科書やプリントが飛び散っている。床に落ちたシャープペンシルを拾い上げながら、未だに床に突っ伏したままのツナをつつく。
もそもそと唸りながら体を起こしたツナがスンッと鼻を啜る。
「ツナ! 鼻血!?」
「えっ……あ、ほんとだ」
「えぇ〜!? ティッシュティッシュ!」
*
「おまえ最近オレのこと心配しないよな」
「え、そう?」
「そう」
ツナは片方の鼻の穴にティッシュを詰め込んだ間抜けな顔で、こくこくと頷いた。
小さい頃からツナと一緒にいるわたしは、いつもツナの手を引いてツナの前を歩いていた。たまに後ろを振り返って、ツナがちゃんとついてきているかを確認して。ツナったら、しっかり手を引いてないとなにもないところで転んでそのまま地べたに座り込んでしまうんだもの。
転んでしまったツナはいつも大きな瞳に涙をいっぱい浮かべていた。泣かないように手をグーに握って、唇を噛み締めていたのをよく覚えている。あの頃は、なんで泣かないんだろうと不思議に思っていたの。大声で泣いたら、ツナのお母さんみたいに頭を撫でてあげるのに。でもツナはわたしの前では唇を噛んで泣くのを我慢する。そのうちお母さん達がやってきて、「ツッくん」と呼ばれたツナは大きな声で泣きながらお母さんの元へと走っていった。
小さい頃のわたしは、手のかかる弟のようなツナをお世話するのが好きだったんだろう。お姉さんになった気分がしたんだ。
中学生になって、リボーンがやってきてツナの周りは一気に賑やかになった。友達もたくさんできたし、一緒に戦う仲間もできた。
転ぶとひとりじゃ立ち上がれなかった幼馴染は、いつの間にか友達のために何度だって立ち上がるつよい男の子に成長していた。人のために怒って、戦って、悔しがって、悲しむ。いつだって自分以外の誰かのために心を動かすことのできる人。
わたしの心配なんてもう必要がないくらいに、立派な男の子になった。ツナはもうわたしの後ろにはいないし地べたに座り込んで泣きべそをかいてもいない。しっかり自分の足で立ち、わたしのずっとずっと前にいる。
だからもう、わたしの心配なんていらないし、みんなのように戦ったりすることのできないわたしは、ツナにとって邪魔になる。今すぐにじゃなくても、いつかやってくるそんな日が怖くて、できるだけ未来のことは考えたくないの。
「ランボが顔面にぶつかってんだぞ!? リボーンが蹴飛ばしたランボだぞ!? 痛いし鼻血だって出るよ」
「ランボはまだ小さいんだからしょうがないでしょ?」
「おっきくなったからって心配しなくなっちゃうのかよ」
ツナはあからさまに口を尖らせて拗ねて見せる。今日はなんだかいつもより子供っぽい。
心配したって、危険なことはやめないだろうし、わたしの心配でツナの身の回りの何かが変わるわけでもない。気付けば広くなった背中も大きく骨張った手も、手を伸ばしても届かないところへいっちゃうのなら、早めに手を伸ばすのをやめたらいいんだと思ったんだ。
拗ねたままわたしを見つめ続けるツナの視線から逃れるように散らかった机の上を片付ける。
「ななし…? 何拗ねてんだよ」
「拗ねてないよ」
「拗ねてるよ」
「拗ねてない」
「拗ねてる」
お互いにぐぬぬ、と口を紡ぐ。終わることのない言い合いを無理やりに終わらせたわたしは、ツナを無視して片付けを再開した。
床に落ちているプリントは拾い上げられることはなかった。ツナが目を合わせようとしないわたしの手首を掴んだからだ。わたしの手首を裕に一周してしまうツナの手。もうわたしが引っ張ってすきな所へ連れ回していい手じゃなくなっちゃった。大きくて優しくて強い拳。仲間を守る為に握られる勇敢な手だ。
「…拗ねてないもん」
「その顔を拗ねてるって言うんだよ? 言っとくけどオレの方が拗ねてる。最近のお前はチビたちばっかりでオレのことは全然気にかけてくれないしさ」
「ツナの何を心配しろって言うの?」
もうダメダメじゃない。強くなったし友達もたくさんいる。わたしの知らない世界にいっちゃうのに、これからもずっとツナのことを気にかけろなんてひどいよ。
「心配しろなんて言ってないだろ!? 気にかけろって言ってんの!」
「何が違うのよ!」
「全然違うだろ!? もうなんでわかんないの!?」
わかんない、わかんないわかんない! ツナのバカ! 机の上にあったティッシュの箱をツナに向かって投げ飛ばす。箱はポコンと軽い音を立てて弾かれて部屋の隅に飛んでいった。ランボが顔面に飛んできたって避けないくせに、わたしが投げたものは簡単に避けてしまう。虚しい音と共に、心の中にも雨がぽつりと落ちた気がした。
「お前にだから、言うんだからな」
両肩を掴まれて無理矢理に向き合わされる。
目を逸らすことなんてできなかった。
「ずっとオレだけ見てればいいのに。」
復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負 様より
お題:嫉妬
お借りしました。
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