Short story

背中合わせの恋知らず


 流木や海藻が流れ着いた砂浜は今、わたし達二人だけのものだ。

 一定のリズムで押し寄せる波も、キャッキャと悪戯に引き返していく泡も、濡らされて色を濃くした砂も、白い貝殻や青いガラス瓶も。ここにあるものすべて誰のものでもないのだから、今くらいわたしのものだと叫んだっていいのだろうか。


「バカやろー!!!」
「いるよなー海見つけると叫ぶ奴」


 うるさいな! 足元が濡れない位置でわたしを見つめるクラスメイトは、海に向かって叫んだわたしをバカにしたように笑う。山本武、夏がよく似合う奴。
 腕まくりをしたワイシャツから覗く腕は春よりも日に焼けた。ノーネクタイが常の山本が実は首元にネックレスをつけているのを初めてみた時、なんだか無性に置いてけぼりを喰らったような気持ちになった。そして、対抗するように、わたしはピアスを開けた。


「さっきの駄菓子屋さんでアイス買うべきだったよね」
「ここまでくる頃には溶けるだろ?」
「わたしは自転車の後ろで食べるつもりだった」
「おまえ…自分だけずりーよ」


 広い背中を眺めながら食べるアイスキャンディーはとても美味しいと思う。帰りに寄ってもらおう。
 山本とわたしはクラスメイトで、ふたりだけで海まで来てしまう間柄で、会話は幼稚なものばかりで、自転車を持たないわたしの特等席は山本の後ろだった。でも、パキンと半分こにするアイスを食べるような仲ではない。


「喉渇いた〜レモンティー飲みたい〜」
「暑いときにレモンティーはないだろ」
「なんでもかんでも否定すんのやめて〜」
「小林とは本当合わないよな〜こんなに一緒にいるのにな〜」


 拾った小枝で砂浜に落書きをする。絵にもならない、未完成に踊る線。山本はそんなわたしには興味がないように、海とは反対の方を見ていた。一緒にいたってわたし達が同じ方角を見ることはないのかもしれない。何も言わずに歩き始めた山本の目線を辿り、赤い自販機を発見する。どうやら飲み物は買ってもらえるみたい。
 脱ぎ捨てたローファーとハイソックスはいつの間にか濡れないような場所に避難させられていた。裸足になったわたしに怖いものなんてない。そろりと踏み出した一歩を気持ちのいい水飛沫が歓迎した。
 どこまでいけるかな。膝まではいっても平気かな。タオルなんて持ってないけど、そんなの気にならなかった。
 太陽の光を反射してキラキラ輝く海がわたしを呼んでいるように感じた。どこまでも続く海。広くて深くて終わりがないみたい。ずーっと先なんて見えなくて、その先にあるものなんて分からなくて、たどり着いた人しか見ることのできない景色が広がっているのだろう。
 膝までしか進むことができないわたしには、到底拝むことのできない景色。気持ちのいい距離感で、楽しいことだけを共有し、うまく利用し合っているわたし達は海の果てなんていけない。

 膝下あたりだと思っていた水面は、揺れながら少しずつわたしを飲み込んでいった。スカートの裾が濡れたのに気付いたからだった。ひとりで海に入って、なにやってるんだろう。さっきまで楽しかったのに、急にどうでもよくなった。思い返せば最初からはしゃいでいたのはわたしだけだったのかも。


「おい!!」
「ッわ、」
「なにしてんだよ!」


 少し息を荒げた山本がわたしの右腕を掴んで上に引っ張り上げる。その力があまりにも強いものだったので、海の底に沈みそうだったわたしの心までも救い上げられたような気がした。
 ズボンの裾を折るのも忘れて、海に飛び込んできた山本は片手にサイダーを持ったままだった。ずるずると浅い方へと引きずられる。山本、ローファーも履いたままだ。


「泳げねーくせに」
「泳ごうとなんてしてないし」
「あれ以上どこいく気だったんだよ」


 別にどこだっていいじゃない。山本はわたしがどこに行ったって変わらないじゃない。
 なんだかご機嫌ななめな様子の山本は獄寺みたいに眉間にシワを寄せている。なんだか今日はずーっとつまんなさそうだね。


「勝手にどっかいくなよ」
「…どっか、ってドコ?」
「どっかは…どっかだろ」
「山本に関係ないじゃ、ぶわッ」


 ペットボトルのキャップがものすごい音を立てて、泡になった甘い液体がわたしの顔めがけて吹き出した。最低。いくら機嫌が悪いからって顔にサイダーかけてくる人いる?


「海に帰えんのかと思った」
「どこの人魚姫の話?」
「姫って柄じゃない。人魚姫に謝った方がいいぜ」
「謝るのは山本でしょ? 人の顔面ベトベトにして! 怒こるよ!」
「これでおあいこな。」


 むすっとした顔のまま近付いてきた山本に、あむっと食べられるようにキスをされた。

 はじめてのキスは汗と海とサイダーの味がした。



復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負 様より
お題:海
お借りしました。




prev|next

top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -