Short story

続・不器用な夏の雨足



「おいテメェ放課後面貸せや」


 なんだこのヤンキー。





 みんながみんな、マスクをする世の中になった。はじめはみんな真っ白のもの。今では、黒に始まりグレーやブルー、ピンクや柄のあるものなどカラフルになって、選択の幅も広がったと思う。一体なんのために付けているのかも忘れてしまいそうな、濁った世の中だ。
 両手を制服のズボンのポケットに入れて、上履きのかかとは潰し、黒いマスクをつけてじゃらじゃらとアクセサリーをつけている獄寺は何人に質問しようとも、全会一致でヤンキーと言われるだろう。マスクが顔の半分を隠してしまうせいで、眉間に寄ったシワばかりが目立つ。


「カツアゲですか? それなら沢田にしてください」
「なんで俺!?」
「バカやろう! 10代目にそんなことするわきゃねーだろ! やるなら竹寿司だ!」
「はなっから寿司目当てかよ」


 獄寺と山本は、お前には用はないだの、俺んちの寿司好きだよなーだのと一生噛み合わないコントを繰り広げている。このまま逃げちゃおうかな、とスクールバックに手を伸ばす。捕まった。手ではなく、後ろ襟。本当に容赦のないヤンキーだな。わたしボコられるの?





「なんか久しぶりだね〜一緒に帰るの」
「お前がいつもいつもあっさり帰るからだろ」
「なに? 一緒に帰りたかったの?」
「は? そんなこと言ってねーだろついてくんな!」
「残念でした〜こっちはわたしの家の方向です〜」


 放課後の寄り道を禁止されたのはもうずっと前のことだった。ようやく例年通り登校できるようになったばかり。それまではクラス全員が揃うこともなかったのだ。
 一緒に帰るなんていつぶりだろう。もっというとふたりきりで会話をするのも久しぶりだった。わたし達は付き合っているはずなのにどう見たってただのクラスメイトでしかなくて、付き合うってなんだろ? って思ったりもして。
 これまでみたいに休日にどこかへ遊びにいったり、夏祭りに行ったり、プールに行ったりすることのできない毎日で、わたし達が恋人なんだって実感できるものってなんなんだろうなって。
 ただこうやって獄寺が、暑い暑いと言いながら自分の家とは反対方向に住むわたしを家まで送ってくれようとしてくれたり、気付けば車道側を歩いてくれていたりする。信号待ちはなにも言わなくたって木陰を探して導いてくれる。だるそうなわりにちゃんとした男である。


「ありがとう」
「別に。たまたま通りかかっただけだって言ってんだろ」
「はいはい。あ! ちょっと待ってて」


 バタバタと家に上がり込み、塩分タブレットを鷲掴んで戻った。暑いからね。途中で倒れられたら大変だし。
 思いのほかあっさりと受け取られた小さな包みは、すぐさまやぶられ獄寺の口に放られていく。久しぶりに見た獄寺の口。素直じゃない獄寺の口元は意外と分かりやすい。それもマスクのせいで見えないけれど。


「物欲しそうな顔してんじゃねーよ」
「してないし。家にまだあるもん」
「ちげーよ」


 こっち、と微かに聞こえた時には視界いっぱいに獄寺の顔があった。ニヤリと口角の上がった口元が黒いマスクの下にしまわれる。


「いたい、サイテー、ヤンキーじゃん」
「噛みついただけだろぐちぐちうるせーな」
「噛みつかないの普通! なんなの! このっ、この、ヤンキーめ!!」



マスク越しに噛みつかれた下唇が熱い。





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