Short story

擦り切れた声で最後の歌を

「武くん、今日もだいすき」
『毎日言うのな』
「毎日言わないと溢れて爆発するかも!」


 なんだそれ、と彼は笑う。電話越しに伝わる音にならない笑い声に耳を澄ませて、ひとつも聴き漏らさないように目を閉じる。
 パシ、パシッと一定のリズムで鳴るそれは手持ち無沙汰な武くんが野球ボールを片手で弄んでいる音。見えなくても彼の行動や表情がわかる。それくらい武くんをよく見てきたつもり。だいすきな彼の、だいすきになりたくてがんばってきたわたしの唯一の自慢だった。

 毎日毎日、溢れそうな想いを『だいすき』の言葉に乗せて武くんにぶつける。
 それがわたしのおまじないのようなものだった。




「おまえら毎日のように電話してて飽きねーのか?」
「なんてこと言うの獄寺くん」
「いや毎日はねーだろふつうに」
「電話する相手がいねーからっていじけるなよ」


 獄寺くんは決していじけているわけでもないし、羨ましいとも思っていない。本当に心の底から飽きないのかと疑問に思ったんだと思う。

 飽きるのか、飽きないのか。

 その答えを武くんから聞くことはできなかった。獄寺くんと口喧嘩をすることで上手く回答を濁してくれたんだなってわかる。もし、わたしが同じ質問に答えなければいけないとしたら、迷わず「飽きないよ、飽きさせない」と答えるだろう。だって、電話をしている間のわたしはるんるんで、武くんに聞いてほしいことがたくさん浮かんでくるんだもん。武くんのこともたくさん聞きたいし、なんでもないようなことを、今日ではないいつかでもいい話を、今日伝えることに一生懸命だった。


「武くん、今日は一緒に帰れる?」
「部活で遅くなるから先に帰ってろって」
「え〜待てるよ」
「ひとりで待ってたってつまんねーだろ?」


 武くんが部活に一生懸命な間、その姿がよく見える図書室の特等席で宿題をしたり本を読んだりして過ごす時間がすきだった。広いグランドの中、たくさんの野球部員がいても武くんはすぐに見つけられる。武くんだけに色がついていて、そのほかは全部モノクロのように映るの。たくさんのファンの子が武くんが鋭い球を投げるたびに上げる歓声も、今ではもう聞こえてこない。


「暗くなるのも早くなったし、ツナ達と帰れって。な?」
「…わかった」
「ん、いい子」


 まるで聞かん坊の子供を嗜めるような口調で言われてしまえば、渋々頷くほかなかった。拗ねた頭上に武くんの大きな手が乗る。武くんはなんだかんだとわたしに甘い。





「お前、あいつに執着すんのやめろ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
「あいつの何がそんなにいいんだよ」


 武くんのいない帰り道。失礼なことをストレートにぶつけてくる獄寺くんに信じられないと言う視線をぶつけて、その質問をスルーした。


「ほら見ろ、答えられねんじゃねぇかよ!」
「獄寺くんやめなよ!ふたりの問題だよ」
「そうだよ首突っ込まないで」
「見ててイライラするんすよ!10代目だって思いません!?」


 ツナは困ったように笑うだけだった。そんな曖昧な態度のツナを見て、ムッとした。わたしにそんな資格はないのに。

 その日、獄寺くんの言葉が引っかかって上手く笑う自信のなかったわたしは、武くんに電話をかけなかった。武くんはいつもの時間を少し過ぎてから『どうした?』と連絡をくれた。
 ほら、彼はこんなに優しいよ。





 武くん一色だったわたしの世界は、他をモノクロにして武くんしか見えないようにした狭い世界だった。小学校の頃からずっとずっとすきだったの。武くん以外の男の子には目もくれず、武くんだけを一途に追いかけてきた。人気者の武くんに猛アタックをしてお付き合いを始めたのは高校生になってからだった。長い片想いの末、ようやく身を結んだ恋なのだ。
 彼氏と彼女ってこんなものなのかと、疑問に思うことだってあった。でも正解なんて知らないし、わたし達は確かに恋人同士になったはずだし、すきな人と結ばれているんだから幸せに違いないと思ってた。


「武くん」
『今日はかけてこないかと思ったぜ』


 そのつもりだったの、わたしも。でも無理だった。声を聞いて電話で繋がっていないと不安なんだ。こんなことならずっとずっと追いかけているままの方がよかった。自信を持ってだいすきと言えたあの頃のわたしはもういない。
 毎日伝える『だいすき』はおまじないのようなもの。口に出して伝えることで自分自身に言い聞かせている魔法の言葉。
 伝えるだけで、一度も返ってきたことのない、わたしの寂しい『だいすき』は、わたしが口に出さなくなってしまったら一体どこに消えてしまうのだろう。


「武くん、あのね━━」



「だいすきだったよ、さようなら」



復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負 様より
お題:だいすき
お借りしました。



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