Short story

エルクスオウンの波


「これなんかもいいんじゃない?」
「こんな…真っっっ赤…付けたことない」
「あらやだ! 付けたことないからこそ挑戦するんじゃない。それにさっき買った細身のドレスによく似合うと思うわ」


 先程ルッスーリアに勧められるがままに購入した、身体のラインに沿ったブラックのタイトドレスは、童顔な自分には少し背伸びをしすぎているような気がしていた。
 背中に傷がある私に、ルッスーリアが勧めてきたのは首元は襟があり、デコルテと腕は上品なシースルー、フロント部分には大胆なスリットが刻まれたドレスだった。
 試着室で衣装負けした私がそのまま脱いでしまおうとファスナーを半分ほど下ろした時、「ちょっと何してるのよ」とご立腹のルッスーリアの声が響いた。どこからか覗かれているのではないかと思うほど、タイミング良く聞こえた声に手が止まる。いけないことをしているわけでもないのに、冷や汗をかいたような気がした。


「やっぱり脱ごうとしてたわね? だめよ、ちゃんとワタシに見せてちょーだい。」
「ル、ルッス…!」
「後ろ向いて」


 有無を言わさないルッスーリアのピシャリと放たれた言葉に素直に従い身体の向きを直した。鏡越しに目のあったルッスーリア(サングラス越しなのだが目があったように思ったのだ)は、まるで「いい子ね」と褒めてくれているような優しい香りを放つ。
 背中に流れていた私の髪の毛を一纏めにして右肩から前へ流してくれる。少しだけ触れた手袋がくすぐったい。ピクリと反応した肩を見てルッスーリアが楽しそうに笑ったのがわかる。ルッスーリアは丁寧に革の手袋を外してドレスのファスナーを上げた。


「何見てるのよ。ちゃんとドレスを着た自分を見なさいな」


 そう言われてようやく視線がドレスへと向かった。着慣れないドレスに肩をすぼめる私の真後ろに立つルッスーリアが肩をグッと掴んで胸骨を広げた。物理的に胸を張る形になった私は変な声が出そうになって、慌てて口を閉じる。
 片方に避けられた髪の毛を後ろにファサッと戻したルッスーリアは、そのまま私の髪の毛で遊ぶ。耳にかけたり前に持ってきてみたり。ストレートアイロンを施してきた私の髪の毛を、くるくると指に巻きつけて前に垂らす。「うん、巻いた方がいいわね」彼の中では、このドレスを買うことは最早決定事項であり、どんな髪型にするか、どんな化粧を施すかともっと先の話へと発展しているのだ。


「素敵ね、このドレス」
「もちろんよ。貴女が着てるんだもの。そしてワタシが選んだのよ!」


 そんな経緯で購入したドレスに合うと言われたリップも今は紙袋の中。自分への買い物だというのにリボンを結んでもらった。クリスマスプレゼントのようでなんだか嬉しい。
 今日のルッスーリアはインナーに白のタートルネックをチョイス、他はブラックで統一している。それぞれが主役を張れる一級品であるのは間違いない。それを合わせて喧嘩をさせないのがルッスーリアの凄いところだ。このコーディネートの主役を務めるのはルッスーリア。そこが揺るがないから、素敵なのだ。


 二人行きつけのバールでアルコールを飲むのも久しぶりだ。不規則な生活、それ以前に一つ屋根の下で共同生活を送っている私達がこうしてわざわざ外で飲むのは珍しい。そう考えると本当に、自分がただの人間なのではないかと勘違いしてしまいそうになるくらい、穏やかな休日だった。


「あらななし、グラスが空くわね。何を飲む?」

「ほんとだ。どうしよっかな」

「…そうしたら、ワタシが決めていいかしら? 今の貴女に、飲んで欲しいカクテルがあるの。」

「ルッスのオススメはハズレがないから安心。この間ベルに美味しいからって飲まされたお酒は、キツすぎて喉が焼けたのかと思ったの」

「ちゃんと美味しいカクテルよ〜」


 小指を立てながらサングラスの奥でウインクでもしているようなルッスーリアはとてもご機嫌のように見える。そんな彼が呼びつけたウエイターにカクテルを注文してくれるのを横目に、今日1日を振り返って頬が緩むのを感じた。
 カクテルも料理も、洋服やコスメだって彼を信頼しているからこそ、そのアドバイスを素直に受け入れることができる。そうやって知らぬ間に、ルッスーリアの色に染まっていっているのだ。──それも、悪くないかも、なんてね。──無色な自分はカラフルな彼から色移りさせた淡い色を抱いているのがちょうどいいのかもしれない。


「エルクスオウンでございます。」

「彼女へ」


 ルッスーリアは綺麗な所作で、カクテルの所在を示す。彼が私の為にと選んだカクテルは、クローブの甘い香りとパイナップルの爽やかさが混ざった飲みやすいカクテルだった。
 やっぱりルッスーリアのチョイスに間違いはない。自分の信頼が確かなものであることを確信しながらもう一口。その飲みやすさに顔を緩める。それを見届けたルッスーリアもまた口元に笑みを浮かべた。


──よそ見はダメよ、ななし──


 黄色の鎖が足首に絡み付いた。





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