Short story

愛すべき何でもない日々

 ズビッ ゴホゴホ ぶえーっくしょん!!!


「っ、あ"〜!」


 盛大なくしゃみをした後に、これまた盛大に雄叫びをあげた男─笹川了平─彼がうるさいのは何も今に始まったわけではないのだが、このあからさますぎる程の風邪の諸症状のオンパレードに、さすがに彼の側にいたななしは了平のカラダを心配した。
 なんせ、いつもドッピーカンの晴れ男。晴れの日も、雨の日も寒い日も嵐の日だって元気いっぱいの了平が、こんな過ごしやすい秋晴れの広がる季節に風邪をひいているなんて、少しおもしろいくらいだったのだ。


「ねぇ、風邪じゃない? 熱計ったら?」
「熱などない! 俺はいつだって熱血漢だ!」
「熱血漢ならむしろ熱がありそうだけど。あ、じゃあおでこ貸して?」


 熱はないなどと言いながら、素直な了平はななしの差し出した手のひらに自らおでこを添えにいった。可愛い奴め、とニヤけそうになる頬に力を入れて、努めて無表情を決め込んだななしの手のひらは、確かに熱を感じた。恐らくこれは、37度後半はあるのではないだろうか。触っておきながら、正確な体温など分かるわけもないななしは、確実に熱があることのみを確認して体温計と解熱剤を取りに向かった。

 彼女の手が離れる瞬間に、その冷たくて気持ちのいい手に擦り寄りたいような気持ちになった了平は、まるで子供のようだと思いとどまった。心細い、そんな風に感じてしまったのだ。
 立ち上がったななしを見上げる自分の顔が「行かないでほしい」と物語っているのを彼は知らない。
 自分を見上げる了平の瞳が熱のせいで潤んでいて、まるで子犬のようだとななしが悶えていたのも知らない。


「なんだこれは…」
「なにって解熱剤だよ。これ飲んだらきっと眠くなってくるから飲んだら一眠りしなよ」
「いや、薬はいい。そんなものなくても寝れる」


 薬を飲むことを頑なに拒み続ける了平は、ついにPTPシートに包まれた錠剤から目を逸らしてしまった。その間にもズビズビと垂れてこようとする鼻水を啜り、鼻が詰まるのか口で息をする始末。放っておいてもどうせダウンするのは目に見えているのだが、早く気づけたのだから処置は早い方がいいに決まっているし、その分回復だって早まる。

 了平が逸らした視線の先に薬をチラつかせ、逸らせばまた追いかけて、時折「薬」と圧をかけること数分。


「おまえがそこまで言うのなら…」


 しぶしぶ、薬に手を伸ばした了平は不本意ではあるが薬を飲むことを了承した。それを見て、心の中で万歳をしたななしはパタパタと嬉しそうに準備にとりかかる。
 いつも誰よりも前を一人突っ走っている男が、こうして自分の意見に従順に従っているところがかわいい。風邪を自覚した途端、空回りさせていた元気もしぼみ大人しい。冷えピタを貼ってやったおでこをぽんぽんと撫でてしまうくらいには、ななしの母性は爆発していた。

 了平は身の回りのあれこれをななしがテキパキとこなしていくのをぼーっと見つめながら、そういえば自分の母親も風邪をひいた時は一段と優しかったことを思い出した。熱が下がったにも関わらず、世話をやいてもらえることが嬉しくて、まだ本調子ではないフリをして気を引こうとしたりもした。移るといけないからと部屋への立ち入りを禁止させられた京子が、ドアの隙間から「お兄ちゃん大丈夫?」と顔を覗かせていたことも思い出した。兄の自分が、母親に甘えているところを見られるのが恥ずかしくて、もう治った! と口にすれば、了平の風邪は終わる。


「…飲むぞ」
「うん」
「本当に、飲むぞ!?」
「飲みなよ」


 手のひらにころんと転がる2粒の錠剤と睨めっこをする。了平は玉薬を飲むのが大の苦手だったのだ。
 ななしは、なかなか口の中へと放り込まれない薬と、了平のとても難しい問題に直面してしまったとでも言い出しそうな顔を交互に見て、笑ってしまいそうになる口元を押さえた。なんだか了平がかわいい生き物に思えてきて、撫でくりまわしたい気持ちを抑えながら一部始終を見守った。


***


 無事薬を飲み終えた了平は緊張感から解放されたのか急に身体のだるさを感じた。ついにはベッドに横になり、目がとろんとしてくればもう夢の中へといく準備は完璧だった。

 微睡みの中、ななしの姿を必死に目で追っている姿は幼い子供のよう。


「なぁ、ななし」
「なぁに?」


 自分の呼びかけに、優しく微笑み返してくれる彼女からやはり母親の香りを感じた了平は、ぼんやりとした顔で告げた。


「結婚しよう、風邪が治ったら」
「……??んふふ、早く治してね」
「本気だぞ。本当に極限回復したらすぐ結婚するんだからな」
「わかったわかった」
「ほんと…だぞ…」


 重い瞼を開けておくことができず、もう半分夢の世界へと足を踏み入れていた了平。しかし、ななしの手をしっかりと握る力強さは、いつもの彼だった。分厚い手が逃がさないぞとななしの手を握る。いつもより熱い手のひらから、了平の気持ちが流れ込んでくるみたいだった。


「バカ…早く治してよね。」


 冷えピタの貼られたかわいいおでこにデコピンをした。






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