Short story

大事に抱えて熟れ落ちた

 バジルはいつも穏やかで優しくて──少し、物足りない。

 キスをねだると笑って頬にチュッとしてくれる。もちろんそれが嫌なわけではないんだけど、もっとこう…私を激しく求めることがあってもいいんじゃない? なんて、要は拗ねているのだ。
 せっかく部屋に二人きり、いつでも私の準備はできているのに。
 「足りないの」と視線で訴えると、ようやく唇にしてくれる。柔らかい唇が触れて、一度離れて、もう一度。かわいいリップ音だけが響く、いわゆるバードキス。唇を離れて鼻や瞼の上、前髪をかき分けておでこにもされて、乱れた前髪を整えてからもう一度。


「ッもう! バジルの意地悪」
「拙者意地悪なことなんて一つもしてませんよ」
「そんなんじゃ満足しないくせに」


 満足できないのは私の方だ。
 それをあたかもバジルの事のように言って、ずるい女だ。
 チュッチュッと小鳥のようなキスを降らしていたバジルがぴたりと止まる。


「──、ッもう我慢、しませんよ?」


 普段の穏やかなバジルからは想像のできない切羽詰まった声色だった。チラリと見えた耳が赤い。それなのに、私を睨みつける瞳はとても鋭かった。でもね、ごめんバジル。全然怖くないよ。

 クスクスと笑う私を見て、拗ねたように眉をひそめたバジルは、どうなっても知りませんよ、と何度も何度も釘をさす。私はずっと、もうとっくに前からバジルになら何されたって構わないって思ってるのに。強引でも力強くても、それが痛みを伴うものだとしても。
 私なら平気だよ。そう何度も視線で訴えているにも関わらず、バジルは私を大事に大事に扱うし、触れる手は優しくって、私はそれが少し物足りなかったのだ。
 欲張りな女だ。大事にされているのを実感しながら、ひどくひどく扱われてみたいだなんて思ってる。


 ゴクン、と嚥下した喉仏に釘付けになっていた私の頬にバジルの手が添えられた。武器を持つ戦う人の手。表面の皮は厚くなっていて、タコができている指もある。それでもいつも、ふわりと私に触れていた優しいバジルの優しい手。
 でも今、私の両頬はあまりにも力強く、求められているのだと感じられる強さで掴まれていた。首を動かすことはもちろん、無理矢理に合わせられた視線を逸らすことも叶わない。俺を見ろ──バジルの瞳はそう言っているようだった。


「バジル」
「怖いって言っても、やめてって言っても、やめてあげられないかもしれませんよ」
「いいの、バジル。好きよ」


 バジルは物騒なことを言うけれど、本当に私がやめてって叫べばちゃんとやめてくれると思う。何度目かの最終確認。バジルは私に言葉を投げかけながら自問自答を繰り返しているのだろう。私の答えは"YES"。あとはバジルが自分に"GO!!"とサインを出せばいい。簡単でしょ?


***


「あっバジル、待っ」
「無理です」
「やっ、」


 知らぬ間に止めた息に頭の中の正常な思考が奪われていく。酸素を取り込むことを忘れてしまうほど、バジルに求められている。ぼんやりと理解できたのは、望んでいたものよりも激しくて、私の想像力では到底たどり着かなかった現実だった。
 それでもやっぱり嫌じゃない。口から飛び出る心とは裏腹な体裁の言葉たちは、自らにGOサインを出したバジルによって簡単に退けられた。

 バジルバジルバジル、壊れたおもちゃのように名前を呼ぶ私の頭をバジルが撫で付ける。今まで何度も撫でてもらったことがある。その中で今日が一番乱暴なのに、断トツで心が痺れた。
 どうしようもなく心臓が軋んで痛い。バジルの一つ一つの仕草が男らしくてお臍の下あたりがじくじくと騒ぐ。ちょうどバジルのものがそのあたりにあるのかもしれない。意識した途端、ぼんやりとしたシルエットに私の体の内側が吸い付いていったような気がした。


「ななし…!」


 もう返事なんてしていられなかった。「何? バジル、私はここよ」心の中で伝えてみてもバジルにはちっとも届かないし、正直私にそんな余裕はない。ただただバジルに与えられる刺激と振動を受け止めながら、苦しくなった呼吸をたまに思い出して息をめいいっぱい吸い込む。
 そうすると、口が緩むのを待ち構えていたかのようにキスの雨が降る。また呼吸が奪われて、知らぬ間に締め付けてしまった刺激にバジルが笑う。イジワルだ。そんなに楽しそうに見下ろされたら──ほら、またひとつ私の中は窮屈になった。


***


 ベッドに沈む身体は鉛のように重く、乱れた髪に手櫛を通したけれどあまりにも絡まったので諦めた。
 隣には散々私をいじめ倒してさぞ満足であろうバジルが、乱れた呼吸を整える為に精神統一に没頭している。最後の瞬間を迎える彼は、ことが始まる前の穏やかさを取り戻しつつあって、余裕と自信を滲ませながら「いいですね?」と訪ねてきた。
 決定権を私に委ねていた少し前の彼とは違う。疑問形にも関わらず、私の答えは"YES"一つに絞られていた。まぁ、その時だって結局強請るような甘い声でバジルの名を呼ぶことしかできなかったんだけど。


「ななし殿、お身体は大丈夫ですか?」
「バジル殿こそ、満足できましたか?」
「拙者?」


 隣に寝転んだバジルはいつものように私を呼んだ。私を気遣う言葉をいちばんにくれるところが大好きだ。バジルの前髪は汗で少しだけ束になってしまっている。彼はそんな前髪を掻きあげながら首をコテンと傾けた。


「拙者はいつだってななし殿の隣にいれたら大満足なんですよ。ななし殿は物足りないのかもしれませんが」
「そんなことないよ!」
「でも…足りないって言うなら拙者まだまだ頑張れますよ? どうします?」
「ちょっ…! ストップ!」
「冗談です」


 ちゅッと頬にキスをされ、手櫛で整えるのを諦めた私の髪の毛にバジルの手が差し込まれる。少しずつ解されていく髪の毛、瞼がとろんと重くなった。
 髪を千切ってしまわないように丁寧に解いていくバジルは真剣だった。縮れてしまった私の猫っ毛を撫で付けて、眠りへと誘う。


 あぁ、眠ってしまうその前に、いつものかわいいキスが欲しい。


「バジル」
「?はい」
「ん。」


 クスクスと笑ったバジルは拗ねたように突き出した私の唇に、チュッとリップ音の鳴るいつものキスをくれた。





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