Short story

君の君たる所以の光

 7/23 "バジル"のお誕生日から数日後。

 その日バジルは家光さんの命で任務に出たっきり帰ってこなかった。それどころか日付が変わっても、次の日の朝にも帰ってくる気配がなく、結局CEDEFに帰ってきたのは誕生日から2日程経ってからだった。


「ただいま戻りました!」
「おぉ、よく戻ったな。報告書は明日でいいぞ、ゆっくり休め」
「はい! ありがとうございます親方様!」


 その師弟の会話を聞きながら「違うでしょ!?」と心の中で憤慨した。
 誰も何も触れないのだ。バジルのお誕生日の日も、帰ってきたバジルの顔を見た家光さんも。オレガノやターメリックもいつも通りだし、バジルの誕生日当日のCEDEFの食堂のメニューだっていつも通りだった。


「ななし、ただいま」
「……………」
「どうか、しましたか?」
「どうかしましたか? じゃないよ!! なんで23日帰ってこなかったの!? お誕生日でしょ!? 家光さんもひどいよ! 何もお誕生日の前日から任務に行かせなくたっていいじゃない!」
「そんなことで怒ってたのか?」
「そんなこと…?」


 家光さんの信じられない発言に爆発した怒りがしゅうんと萎んで勢いをなくしていく。その言葉を隣で聞いていた張本人のバジルも家光さんの言葉に傷ついた様子もない。
 ケーキもない。いつもよりちょっと豪華なお料理が並ぶわけでもない。プレゼントもない。なによりも"おめでとう"の言葉が飛び交うこともなかった。なんて、悲しいのだろう。マフィアってそういうお祝い事は好かないのだろうか。ううん、そんなことない。そんなことないはずなのに。


 「まだお子ちゃまだな〜」とガハガハ笑いながら私の頭を掻き混ぜて去っていった家光さん。冷たい人なんかじゃないのはよく知っているはずなのに、たまにチラつかせる知らなかった世界の常識がひどく冷たいと感じてしまう。ここに居座ることを望んだ時に、全て捨てろと言い放ったボスの顔。私はまだ、この世界のことを何も知らない。


「ななし、もしや拙者の帰りを…?」
「待ってたよ。でも日付が変わっても帰ってこないし、次の日もいないし。お誕生日だったのに…」
「実は、あの日が拙者の誕生日ということになってはいますが、本当の生まれた日ではないかもしれないんです」
「どういうこと?」


 バジルは「いい天気です! 陽の光を浴びましょう」と言って私を外へと連れ出した。

 バジルは物心がつく頃にはCEDEFにいたのだという。物心、といっても5歳未満の記憶なんて曖昧で、でもたまにその中でも特に印象的な一場面を鮮明に覚えていることがある。バジルの一番古い記憶は暑い太陽とひんやりと気持ちのいい冷えた手のひらだった。

 漸く言えるようになったたどたどしい"バジリコン"の発音を聞き取った人間が、その子のコードネームを"バジル"と決めた日。7月23日はバジルにとってこの世に生を受けた日ではなく、この世界でバジルとして生きていくことになった日だった。


「じゃあ…本当の誕生日を知らないの?」
「ええ。でもいいんです。あの日そうやって迎え入れてもらっていなかったら、きっと拙者の命は終わっていた。もしかしたら7月23日は命日だったかもしれない。」
「そんな…」


 バジルは落ち込む私を見て優しく笑った。バジルの誕生日をお祝いしたいのに、私が困らせてバジルに慰めてもらっている。


「拙者はバジルとしてあの日生まれ変わったんです。だからこれからも誕生日は7月23日です。ななしがそれを楽しみにしてくれているのなら、来年も再来年もずっとずっと、CEDEFのバジルとして7月23日を迎えられるようもっともっと強くなります」


 私は頷くことしかできなかった。
 バジルが今より強くなったら、今よりもっと危険な場所に行くようになる。強くなったら今よりもっと"死"の近くにいってしまう。強くなりたいと修行に励むバジルを応援したいのに、遠く危険な場所に行ってしまいそうで怖くなる。ついていきたいのに私の足とは比べ物にならないスピードでどんどん成長していくバジル。来年、君と今日のキッシュの具の当てっこなんかをしながら笑い合うことができるのかな?







「「ハッピーバースデー! バジル!!」」
「わっ!?」
「……………なんで?」
「なんでってひどいな〜ななし! 誕生日パーティーなんだ、もっと笑え!」


 その日の夕食、食堂に向かった私とバジルはたくさんのクラッカー音に出迎えられ、入り口で固まっていた。
 テーブルの真ん中には大きなホールケーキ。蝋燭の火が早く消してくれと揺らめいている。
 引っ張られるようにしてケーキの目の前まで連れていかれたバジルは、首から【今日の主役】と書かれた襷をかけられ頭にとんがり帽子を乗せられる。周りからの野次に応え、フゥーッと吐き出した息に火が消されると、いろんなところから「おめでとう」が飛び交った。

 照れながらも嬉しそうにしているバジルを見て、一人部屋の端っこで泣きそうになっていた私に近づいてきたのは家光さんだった。


「すまんな。当日に祝ってやれなくて」
「初めからこのつもりだったの?」
「いや? こんなに盛大なことになったのはななしがあまりにも期待してたからな」


 私がケーキやご馳走が出るものだと思い込んでいたことや、誰もバジルにおめでとうを言ってやらないことで怒っているのは全部バレバレだったみたい。大きな手が頭にポンと乗せられた。


「ななしはちゃんと言ったのか?」


 そういえば怒っていてすっかり忘れていた。私だってまだバジルにおめでとうもおかえりも言えていない。
 私は「バジル〜!」と叫びながらみんなの中心で笑うバジルめがけて駆け寄った。そのままジャンプして飛びついてみたけれど倒れることなく私を抱きとめてくれる。バジル、バジルはもう十分強い男の子だよ。


「お誕生日おめでとう、バジル」
「ありがとうございますななし」
「おかえりなさい」
「ただいま」
「だいすき」
「拙者…も……えっ?」


 「みんなもダイスキ!」と叫んだ私に周りは声を上げて笑った。賑やかな部屋の中心できょとんとしたバジルを取り残して。

 バジルの誕生日を毎年お祝いできますように。

 バジルがバジルとして生きていく日々が、少しでも長く続きますように。



2019.7.23




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