Short story

今昔ジャンクション


休日の並盛商店街はそれなりに混雑していて賑やかだった。

もちろん、風紀委員長の雲雀恭弥が歩く分には困ったことは起こらない。人の波がサーッと左右に分かれていくのでこうして闊歩していられるわけだ。
真っ黒の制服はここらでは珍しい学ランで、今でもそれを着用しているのは並盛中の風紀委員の人間のみであることは有名どころかこの町に住む者の常識の一つでもあった。

そんな見晴らしのいい商店街を通り抜けて学校へと帰ろうとしていた彼の足元に、小さな小さな影が飛び込んでくる。
危うく踏みつけそうになりながら、ローファーのかかとを鳴らして立ち止まった雲雀。
後ろに控えていた部下の草壁も、雲雀に激突しないようにと思いっきり踏ん張った。気になる輩でもいたのだろうか。辺りに目を光らせるも、雲雀が嫌うような群れは存在しない。


「委員長、いかがなさいましたか?」
「草壁、これ」
「(これ?)」


雲雀の視線が彼の足元を指す。
そこには目に涙をいっぱい浮かべて、今にも泣き出してしまいそうな女の子がひとり。小さな口を真一文字に結び、両の手は固く握り締められている。泣くのを必死に我慢しようとしている姿勢がよくみて取れた。


「迷子でしょうか?」
「さぁね」


幼女の母親らしき人物は見当たらない。いや、それと思わしき人物はたくさんいる。しかし誰もその子を見て駆け寄ってこようとはしなかった。つまり、赤の他人なのだ。


「きみ名前は」
「ななし」
「そう」


雲雀は膝を折り幼女の視線に合わせると名前を聞く。自分の名前をはっきりと告げられたことを褒めてやるように頭を一撫でして立ち上がった雲雀は草壁を振り返ってからこう告げた。


「肩車して」
「へい」


どうやら雲雀は迷子の母親を探してやるようだ。
風紀委員会は決して人助け集団などではないし、委員長の雲雀もまたいい人ではない。しかし、雲雀の掲げる"風紀"の文字に嘘偽りは存在しない。彼はこの子を無事に母親と再会させてやることが風紀が整うと考えたわけだ。
それがたまたま人助けのようなものだったとしても。はたまた、チンピラの屍が折り重なるような非道な行いだとしても、だ。

草壁に簡単に抱き上げられたななしはリーゼントに引っかかりながら彼の肩に座らせられた。目線も高くなり周囲からもよく見えるようになった女の子は再び注目の的となる。
これでこの子からも母親を見つけやすくなるだろう。子供の背丈ではどうしたって足元しか見えないものだ。

いざ、母親探しへ──と歩き出して数秒、今までおとなしかったななしが草壁の上ではじめて泣いた。


「っく、うっ、」
「何したの」
「な、何もしてませんよ!?」


ギロリと睨まれた草壁は背筋を凍らせながら直立する。本当に何もしていないのだ。子供に泣かれることがはじめてではない草壁。そのほとんどが目が合ってすぐだったものだから、この子は珍しく大丈夫だ、などと油断していた。
ななしには泣く理由がいくつかあって、一体何がいけなかったのか正解を導き出せずにいる雲雀たちは立ち止まり様子を伺うしかない。

母親が恋しくて、知らない人が怖くて、どれだって正当な理由だ。そしてそれを本人に問いかけるのは間違いである。


「おにいちゃん」


ピーピーと泣かれなかったことはせめてもの救いである。
草壁に担がれたまま雲雀へと短い両腕を一生懸命に伸ばしたななし。それがこの子の精一杯だった。


「おいで」


脇の下に両手を差し込んで自分の元へと引き寄せた雲雀は、ななしをその胸に抱き商店街をいく。
首筋に顔を埋めたままのななしの背中をポンポンと叩いてやると呼吸がだいぶゆっくりになっていったのがわかった。







「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「またね」
「ばいばい! おにいちゃんたち」


ななしを連れて商店街を練り歩くこと二往復半。「ななしちゃん!?」と呼び止める声に足を止めると駆け寄ってきた一人の女性。「ママ!」と今日いちばんの元気な声を耳元で発せられた雲雀は思わぬところでダメージを食らうこととなった。
母親に手を引かれながら雲雀と、そして草壁にも手を振って帰っていったななし。あの子は笑うと可愛らしい女の子だったのだと、今更になって気付く。
泣かれてしまった草壁だったが、最後に手を振ってもらえたことが相当に嬉しかった様子で、背を向けて歩くななしに未だに手を振り続けていた。

なにわともあれ、これで一件落着。
本日の並盛の風紀も守られたのであった。





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