Short story

2018 七夕

「…流れ星、」


町の至る所で火が焚かれている。そういう日なのだと幼い頃誰かから教わり、そういうものなのだと思いながら今日まで生きてきた。この時期は空模様が不安定で、運良く、流れ星を見ることができたら願い事が叶うのだとこれもいつだったか教わったことの一つだ。
いつから空を見上げなくなったのだろう。空はこんなにも遠いのだと見上げるまで忘れていた。
久しぶりに見上げた空はあの頃と変わらず、手が届きそうもないくらい遠くて広くて大きかった。







「もう、ここには来ない。」

「どうして?」


ここには君の家があるのに、もう来ないなんて変なXANXUS。
いつも通りに遊んでいつも通りに今日を生き延びた私達の別れは突然やってきた。朝起きてからこの瞬間まで全部がいつも通りだったのに最後だけがいつもとは違っていた。いつもならここで「またね」と手を振る私に君は応えることはなく片手を上げて去っていく。その手が振り返されることもないし「またな」と言葉をくれることも一度もなかったけれど、君はまた必ずやってきた。約束なんてしなくても気紛れにだけど確実に、私達は落ち合うことができたし遊ぶことができた。
この小さな町の小さな子供達の中にだって存在する小さな小さな秩序の中からはみ出したふたり。何か決定的なことがあったわけじゃない。はみ出す時なんてそんなものだ。少し、目の色が違っているからとか、少し、のんびり屋さんだとか、理由なんてあってないようなもの。
ここしか知らない私達はここを抜け出すことができずに大人になるしかないのだと思っていた。ここに馴染めずにいるのに、ここから先は一歩も出たことがない。小さな下町が私の世界の大きさだった。その小さな世界の真ん中はいつだって君の隣で、真っ赤な瞳に吸い寄せられてふわふわと蝶のように飛び回るのが好きだった。


「…、父親の所に行く。」

「お父さん?」


一緒に暮らす大人が父親と母親なのだとしたら、私達の父親という人間はいないことになる。いたのかもしれないし、最初からいないのかもしれない。一緒には暮らしていない。XANXUSの父親はどうやらここではないどこかにいて、そしてそこにXANXUSを連れていってしまうのだという。父親も母親も何をしてくれる大人なのかはよく分からなくて、しかし気が付いた頃には一緒に暮らしており「お母さん」と呼んでいた。XANXUSはお母さんをここに置いて、お父さんの所に行く。


「俺はこんな所にいる人間じゃなかったんだ。強くなって、でかい奴になってやる。」

「強くなったらまた会える?」


君は、また会えるかどうかは教えてくれなかった。でもどうしてだろう。手の先や足の指が悴む寒さの中、艶やかな赤い瞳だけは熱く燃えていて真っ直ぐだったのを覚えている。君は握りしめていた布切れを私の首元にぐるぐると巻きつけて後ろで結んだ。その布は薄いのにとても柔らかくて冷たくなかった、不思議な布だった。だんだんと暖かくなるそれを君は私に「取りにくる」と言って預けていった。

冬を越え、春を感じ、夏を迎えてまた冬がやってくる。
いつだって隣にいた君が、私の世界の中心が、ぽっかりと空いてしまってからというもの、通り過ぎる日々の中で君のことを忘れたことなんてなかった。一年前の今日は何をして遊んだっけ、今日は何をして遊ぼうか。一年前、二年前と遡る記憶は古くなっていき、だんだん君と私の年の差が離れていく。手を引かれて町を走っていたあの頃、少しずつ背が追いついて隣に並んで走れるようになった。いつの間にか君の背を追い越してしまって、そんな時はきっと睨まれるのだろうなぁと笑った。今度は私が君の手を引いて少しずつ変わっていく町を案内する。話しかける時にはしゃがんで目線を合わすのを忘れない。私は君の赤い瞳が大好きだから。


「流れ星はどこに落ちるのかな?」

「願いが叶う奴の手の中」

「へ〜!!」


町中で火が焚かれて人々が空を見上げる日。この日、空に流れる星を見た者は願い事が叶う。
暗くなった空を見上げ流れ星を探す私達。願い事は特になかった。何を願えばいいのか分からなかったのだ。家の中は暗いけれど小さなロウソクがあれば困ることはないし、冬は少し寒いけど手を握り合えば熱を共有できる。お腹が空くこともあるけれど何日か我慢すれば食べ物は手に入る。生きていくのに困ることはない。何よりも、XANXUSがいれば毎日が楽しかった。だからこれ以上の幸せをもらっても手のひらからこぼれてしまいそう。


「願い事、願い事かぁ」

「ちゃんと決めておけよ。流れ星は一瞬なんだ。」


流れ星が落ちてきたらこの手のお皿で受け止めるんだ。零さないように両の手を丸くして空に向ける。
私の願い事はもう叶っているから、そうだな君の願い事が叶うようにお願いしよう。そうしたらふたりの願いが叶うことになる。君が嬉しいと私も嬉しい。私が密かにお願い事を決めた時、空がほわっと明るくなって一筋の光がツーっと流れた。「うわぁ、」ブレることなく真っ直ぐに夜空を駆け抜けた流れ星。糸のように細く、それでいてあの空でいちばん力強かった。


「見た!?流れ星が、……あっ」


XANXUSの手のひらが眩い光を放っていた。夜空を駆け抜けた流れ星はXANXUSの手の中にやってきたのだ。丸く光り輝く流れ星は少しの間揺らめいて消えていった。きょとんとしながら流れ星が消えるまで静かに見届けた私達は言葉にならない歓喜の声を上げながら夜の町を駆け抜けた。


「…、逢いたい。XANXUS、」


あの布切れは早々に母親に取られてしまって今はもう手元にない。大人になって分かったことだけれどあれはマフラーと言って寒さを防ぐための防寒具の一つ、そしてあの触り心地、とても高価なものだったに違いない。どうしてあれをXANXUSが持っていたのかは分からないけれどあの日の暖かさだけは忘れることはないだろう。
彼は強くなれたのだろうか。彼の願いは叶ったのだろうか。私の手の中に流れ星が落ちることはなかったけれど、彼の手が光り輝いた瞬間に私の願い事は叶ったようなものだった。強く、大きい人になると小さな彼は言ってこの町を去った。小さな町の中の小さな子供、私にとって世界の中心だった人。

手のひらに眩しい炎を揺らして流れ星を探した私達はもういない。


「XANXUS、私もうすぐ此処を出るわ。」


私の世界だったこの町を出て知らない世界へと行こう。もう手を引かれなくても歩けるし長い距離を歩いたってへっちゃらだった。食べ物の美味しいと不味いを覚え、寒さをやり過ごすだけの子供ではなくなった。明日、明後日、来年を、XANXUSのいない未来だと知りながらも生きたいと願うようになった。生きて、生きて、いつかまたあなたに会いたいと願う。


「…流れ星、」


見上げた空はいつかの空、遠く手の届かない場所。幼い彼と幼い私が一緒に見上げた星空に、あの日のように流れ星が駆け抜けた。







「う"ぉおい!窓の外見ながら炎出して一体何に怒ってやがる!危ねえだろぉ!」

「…、うるせぇドカスが。」

「あ!流れ星みっけ!」


願い事も思い浮かばないお前へ

欲を持ち、明日を夢見て、生きろ

いつかお前に"願い事"ができますように




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