Short story
2018 Happy Birthday
「この日会えますか?」
「そんな先の予定なんて分かるわけないでしょう。」
「空けといてください!ね!約束!」
「いつになくグイグイきますね。」
無理矢理にもぎ取った会う約束。いつも「会えますか?」と聞くのは私で、彼はそれにイエスかノーかで答えるだけだった。イエスなら会えるしノーならそれで終わり。他の日程を提示して調整をしてくれるような人ではないし、なによりノーの時は返事がこないことだって多い。それでも当日のギリギリまで他の予定を入れずに、お洒落をして、いつ呼び出されてもいいようにしておくのは単純に私が会いたいからだ。
ずっとこない返事を待つのも、「今からなら暇ですよ」と突然のお誘いをもらって家を飛び出すのも心踊る。骸さんの手のひらの上であっちへコロコロ、こっちへコロコロ。面白いくらいに転がりまわって楽しんでいるのは私の方なんだ。
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「骸さんこんばんは」
「今日はまた随分とめかしこんでいますね?」
「そうですか?ふつうですよ!」
本当はいつも気合いは入れていて、少しでも長く彼の目に留まっていたいと思っているし、可愛いと思ってもらいたい。会えるのはいつも夜で、着飾った服やアクセサリーが見えているのかも分からない。分からなくてもいいんだ。私がそうしたくて、骸さんが私を思い出すことがあった時のために万全な状態で記憶していて欲しい。
どこに出かけるわけでもなく、お洒落な店でもなんでもない。学生の私の身の丈にあったどこにでもある居酒屋に連れ込まれ似合わないビールを飲み干す。私よりもビールの似合わない骸さんがこじんまりとした和風の個室でビールを片手にお通しのキャベツを突く姿は何度見たって慣れない。もっとお洒落なところに連れていってもらえるような女の人になりたいと思ったこともあったけれど、どこだってきっと骸さんよりキラキラして見えるわけがないから私はここでいい。何にもお洒落じゃない普通の居酒屋に骸さんとふたりでいれるだけで、最高に幸せだ。
「ね、骸さん今日は何してたんですか?」
「さぁ、なんだったかな?」
「私はね、美容室行ったりお買い物したりしてましたよ。」
ペラペラと自分のことを話す私に、骸さんはテキトーに相槌を打って楽しいのかつまらないのかも悟らせない綺麗な笑顔を貼り付けている。骸さんは自分の話をしない。だから骸さんがなんの仕事をしているのかも知らないし、趣味もどこに住んでいるのかも知らない。聞いてもたぶん教えてくれない。何も知らないかわりに、目の前の骸さんの一挙一動を見逃さないように記憶する。
日本人離れした綺麗な顔立ち、すらりとした抜群のスタイル、物腰柔らかい口調の中に滑り込んでいる冷たさ。優しい人のように見えてきっとそんなことはないし、それじゃあ酷い人なのかと言われるとそういうわけではない人。少なくとも私にはそう見える。本当に酷い人なら私なんか相手にもしないだろうし、もっと危険なアソビ方をすると思う。でもこうやって私に付き合ってくれるのは骸さんの優しさなのかもしれないけれど、それってすごく残酷だなぁとも思うのね。まぁ、どちらかが正気に戻れば一瞬で終わるような、そんな関係が続いてる。
「デザートです」
「は〜い、あ、取り皿いただいてもいいですか?」
「…頼んでましたっけ?」
「頼んだからきたんですよ?」
店員さんが持ってきてくれたチョコレートケーキ。それを小皿に1つずつ取り分けて骸さんにフォークを渡す。ホールではない小さなケーキの上にロウソクもなければ気の利いたプレートもない。そんなチョコレートケーキを見つめて骸さんは固まった。しめしめ、そんな風に心の中でシャッターを切る。
「どうしたんですか?食べないならもらいますよ?」
「食べないとは言ってませんよ。」
「チョコ好きですもんね?」
睨みつけられた。骸さんがチョコレートケーキにフォークを突き刺すのを見届けてから私も一口ケーキを味わう。本当は私はチョコレートケーキよりチーズケーキの方が好きだし、居酒屋のシメにはデザートよりもお茶漬けが食べたくなってしまうけれど、今日はトクベツなんだ。
「骸さん、美味しい?」
「別にふつうです。」
「美味しいですね!」
心の中で歌を歌いながら小さなケーキを食べていく。
なんでもない日にしたかった。いつもと同じように過ごして、何も変わらない私たちのままで、「おめでとう」の言葉もなくプレゼントもない。
骸さんが簡単に忘れてしまえるくらいさりげないくらいが丁度いい。
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