Short story

2018 Happy Birthday

「お!」

「…お?」

「お、お、おはよう、山本くん!いい天気だね!もう夏かな!?って感じだね!?」


 まだゴールデンウィークも始まっていないというのに夏は言いすぎたかな。でも今日の最高気温は27度。天気予報のお姉さんも夏日ですねって言ってたし、白いワイシャツの袖口を捲り上げることで見える山本くんの前腕と浮き出た血管に今日も一日がんばろうって思える。ありがとう太陽。ありがとう27度夏日。


「朝から元気だな〜」

「おかげさまで!」


 頭にハテナを浮かべた山本くんはたぶん深掘りすることを避けた。聞かれたって私も困るし、山本くんが今日も元気で一日過ごしてくれさえすればそれでいい。







 同じクラスの山本くんは実は中学校も同じで、三年生の時に同じクラスになったことがある。野球部のエースで人気者なだけでなく、クラスのムードメーカーでもあった。気取らずに誰にでも話しかけてくれる山本くんは、同じクラスになれれば友達になるのは簡単だった。自己紹介をしなくても自然と顔と名前を覚えてもらえるし、話しかけるチャンスもそこら中にいっぱい転がっていた。
 私はそんなしあわせな空間で一年間を過ごし、友達としてそれなりに仲良くなったつもりでいた。山本くんが並盛高校に進学するのもリサーチ済み。同中として他の女の子達よりも一歩リードしていることにあぐらをかいていた。まさか高校の一年間、クラスが離れてしまったが故にまったく接点がなく会話もほぼないなんて誰が想像できたと思う?私のリードしていたはずの一歩は距離にしてみれば数ミリの差でしかなかった。高校はなんだか中学校よりもみんな積極的。同じクラスになれなくてもいつのまにか山本くんとお友達になっている子は多くいたし、「武〜おはよ〜」なんて遠く離れた廊下の端から手を振る女の子もたくさんいた。武って、下の名前。同じ中学に三年間通った私ですら、そこまでたどり着けていないのに。高校生の一歩は大きかった。


「ななしはさ、奥手すぎ。挨拶するのにどもるってどういうことなの?」

「久しぶりに同じクラスに山本くんがいるんだもん!緊張するでしょ!?しないの!?」

「一週間で慣れたわ。」


 高校二年生、また同じクラスになれた。忘れられていないかと少し不安にもなったけど、新しいクラスをソワソワと見回す私に「小林もこのクラス?一緒だな!」って笑ってくれたんだ。ちゃんと私の名前を覚えていてくれた。丸一年、接点もなくて話せていなかったのに一年ぶりに会話をしてすとんと心に住み着くのはずるいと思う。
 中学の時は、ただのクラスメイトだと思ってた。毎日の挨拶やくだらない会話が楽しかった。高校に上がってクラスが離れてしまって、当たり前のように交わしていた挨拶ができなくなってしまったことにすごく落ち込んで、好きだったのかな、なんて今さら気付いたふりをした。


「せっかく同じクラスになれたんだからもっとアピールしてかないと!」

「え、うえっ、アピール!?」

「そうだよ。今山本フリーなんだしさ?狙ってる子たくさんいるでしょ。」

「なんで彼女いないって知ってるの?」

「この前本人から聞いた。」

「こわっ」


 周りの子がどんどん大人になっていく。同じ年のはずなのにみんなキラキラ輝いて見えるし、ふとした時にドキッとするくらい女だった。挨拶するだけで緊張している私なんて、山本くんの視界にも入らないだろう。でも、がんばるって言ったって、何をどうがんばったらいいのか分からない。難しい数式なんてきっと将来の役に立たないから、恋に積極的になれる方法を教えて欲しい。そっちの方がずっとずっと魅力的だし、真面目に聞けると思うんだ。







 今日のおうし座の占いは見事一位。残念ながら私はおうし座でもなんでもないんだけれど、今日という日におうし座が一位であることがとてつもなく嬉しいことだった。今日は山本くんのお誕生日。何かプレゼントを用意しているわけではないけれど、直接おめでとうと言いたい。二年前はまだ山本くんのお誕生日を知らなかった。山本くんのこともよく知らなくてあんまり話したりもできなかったような時期。去年はクラスが離れてしまって言えなかった。同じクラスに山本くんがいなくて寂しかった。クラスが違うと話すこともなくなってしまうんだと悲しくなった。きっかけは探すんじゃなくて作るものなんだって思った。

 そして今年。山本くんの誕生日もばっちり覚えてる。奇跡的に同じクラスにもなれて神様も背中を押してくれているような気がする。今年こそは、直接おめでとうを言うんだ。


「山本くん!」

「お〜小林!今日も元気いっぱいだな!」

「おはよう!じゃなくて、じゃなくないけど、あっえっとほら!」

「落ち着けって、逃げねーから。」


 山本くんを前にするとテンパるのをやめたい。みんなが余裕でできること、どうして私はすんなりできないんだろうっていつも思う。でも今日は、一年に一回しかない大切な日だから、この日を逃せばまた一年何も変わらない気がするから、言うんだ。


「お!」

「お?」

「お、お誕生日!!!」

「!」

「おめでとう、山本くん」


 言えた。一年で今日しか言えないおめでとう。昨日でも明日でもダメだった、今日伝えるから意味のあるおめでとう。山本くんはちょっとびっくりしたみたいで、珍しく笑わなかった。キョトンとした山本くんを見るのは初めてで、また一つ新しい山本くんを知ることができた。あわよくば、来年も、来年はもっとスムーズにお祝いできますように。







「お!」

「…お?」

「お、お、おはよう、山本くん!いい天気だね!もう夏かな!?って感じだね!?」


 新しい学年になってまだ一週間とちょっと。新一年生はうまいこと制服を着崩せなくて暑苦しいブレザーを一生懸命着ているし、夏と呼ぶには早いような気がする。でも今日の最高気温は27度だって言うし、俺も登校しただけで汗かいてワイシャツの袖をまくっちまった。
 少し赤い頬を手でパタパタと仰ぎながらへらっと笑ったのは同じクラスの小林だ。脱いだセーターを腰に巻いたワイシャツ姿の小林は同じクラスになってから毎日、元気な声で挨拶をしてきてくれる。なんてことのない毎朝の挨拶が少し楽しいなんて言ったらこいつは変な動きで慌てるんだろうな。


「朝から元気だな〜」

「おかげさまで!」


 ガッツポーズをしてみせた小林が今日も一日元気そうで微笑ましい。
小林とは中学も一緒で、三年の時に初めて同じクラスになった。いつの間にか仲良くなって、顔を合わせれば挨拶をして、席が近ければ雑談をしたり宿題を見せてもらったり。俺が並盛高校に進学することを聞いた小林が「一緒だね!」と笑ったのを今でも覚えてる。
 高校はなんだか淡白なところだと思う。クラスも多く全員の顔はいまだに把握しきれないし、同じクラスの奴ですら殆ど話したことがない奴もいる。そうかと思えば、違うクラスの人に話しかけられることもあって小学校や中学校とは友好関係を築くシステムに違いがあるんだろうなと思った。
 クラスが離れた俺と小林が去年一年間で会話をしたのはゼロ。避けていたわけでも避けられていたわけでもないんだろうけど、ここは会いに行こうとしなければ顔も見れずに一日が終わる、そんなところだった。会いにいって何か話したいことがあるわけでもないし、用事があるわけでもない。ただなんとなく、毎日繰り返していた元気のいい挨拶がない毎日が少し味気ないなと思ったくらいだった。


「小林もこのクラス?一緒だな!」

「あ!山本くん、おはよう!」

「おう、おはよう」


 二年になって、新しいクラスの扉の先に小林がいた。きょろきょろと不安そうに教室の中を見回す小林に声をかけたのはほぼ反射だった。丸一年話していないから、なんて声をかけていいのか分からなかったはずなのに、振り返った小林はやっぱり「おはよう」と元気いっぱいに笑った。
 また一年同じ空間に小林がいる。理由なく目が合えば挨拶をできる環境が整った。ただの挨拶。しかし俺に向けて元気いっぱいに放たれる「おはよう」の威力を一年間体感し、その後パッタリとやめられてみろ。朝が憂鬱になるのを小林の所為にするのはおかしいかもしれないけれど、気合いが入らないような気がするのは仕方がないと思う。


「ね〜山本。小林さんいるけど声かけないの?」

「まだ俺に気付いてないだろきっと。気付いたら挨拶してくれっから今はいいんだ。」

「そ、そういうもんなの??」


 通学中、前に小林が歩いている。ここからなら名前を呼んだら聞こえるし、振り向いて俺に気付いた小林はきっとびっくりしながら「おはよう」と言うだろう。でもそれじゃなんかダメなんだ。俺は小林が俺を見つけた瞬間を見るのが好きだ。「あ!山本くんだ!」そんな風に頭のアンテナがピコーンと反応したような顔をする。そのあとそわそわして少しずつ寄ってきて、意を決して口から飛び出る「山本くん、おはよう」が俺は好き。毎日繰り返される同じ挨拶なのに毎度毎度気合いを入れて挑む姿が見ていて可愛い。


「山本くん!」

「お〜小林!今日も元気いっぱいだな!」

「おはよう!じゃなくて、じゃなくないけど、あっえっとほら!」

「落ち着けって、逃げねーから。」


 今日もまたとびきりの「おはよう」をくれる。これで今日一日、がんばれるような気がする。しかし今日の小林はいつになく気合いが入ってるな。おはようの後に何が飛び出してくるのかをいつも楽しみにしながら待っている。この朝の少ないやりとりが俺の楽しみだった。


「お!」

「お?」

「お、お誕生日!!!」

「!」

「おめでとう、山本くん」


 お誕生日…。そっか今日俺の誕生日か。そういえば昨日、ツナ達が明日は家に遊びにくるって言ってたな。親父も今日の仕込みは気合い入ってたし、今日はきっとうちで寿司パーティーでもやるんだろう。


「…………」

「あれ!?今日だよね!?違った…?」

「あ!いや!合ってる!ちょっと、驚いた。サンキューな。」


 学校で誕生日を祝われることは少なかった。毎年クラス替えをしたばかりでソワソワしている時期に誕生日がやってくるから俺自身も忘れてる時もある。毎日一緒にいるツナ達も俺の誕生日を正式に認識したのは多分中三になった時で、そこでようやくお誕生日会なるものを開いてもらった。別に忘れられていても、誕生日会がなくても構わなかった。俺が生まれた日なだけで別にみんなにとってはなんの変哲も無い4月24日だ。一年間、無事に生きてて頑張ったな、俺。くらいにしか思っていなかった。だけどこうやって、朝一番に俺のところまでやってきて「おめでとう」をくれる人がいる。今日の放課後を共に過ごしてくれる友達もいるし、うまい寿司を握ってくれる親父もいる。今日というなんでもない一日が、"俺の生まれた日"になることで特別な日になる。そう思うと、誕生日も悪くねーななんて少し照れくさくもなるもんだ。


「なぁ、小林。誕生日だから俺の頼み一個聞いてくんね?」

「頼み?いいよ!」

「ヨッシャ!まだ決めてねーから!ちょっと考えさせて!」

「?変な山本くん」


 君からの「おはよう」を待つばかりの俺はもういない。




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