Short story

どうしてもこうなる理由

「うそつき。」

「………わりぃ」

「っ…、それが獄寺くんの答えなんだね。」


もう話はおしまいだと彼から視線を外す。
横暴な態度の彼が一言目に謝罪をしてきたのは少し意外だった。これがなんてことのない日常の一コマだったなら間違いなくおちょくっていたに違いない。あいにく、今日という日は私にとっては待ち望んでいた日だったはずで、ずっとずっと彼の姿が見たかったはずなのに、待っていたはずなのに、待ち望んだ人を目の前にして私の口から出てきたのは随分と可愛くない言葉だった。きっと言葉だけじゃない。顔だってブスくれていつも以上に可愛くないに決まってる。

あぁ、こんな態度が取りたかったわけじゃないんだよ。







私の前に数週間ぶりに姿を現したのはこの保健室の常連、獄寺くん。
彼とはこの保健室で顔を合わせているうちに仲良くなった。仲良く、なんて言葉は相応しくないかもしれない。友達なのかと聞かれたら答えはノー。ただの保険委員長と不良少年。私が一方的に喧嘩の多い獄寺くんを心配しているだけの、そんな曖昧な関係だった。

放課後の保健室で紙ヒコーキを一緒に折ったのが遠い昔のようだった。実際はそんなに前のことじゃない。しかしあの日、夜の保健室でこれから怪我をしにいくのだと言った獄寺くんが明日また手当てをして欲しいと言ったから。私は次の日も、その次の日も獄寺くんの帰りをこの保健室で待っていた。

約束の日、獄寺くんが保健室に現れることはなかった。

獄寺くんが保健室へやってきたのはそれから何週間か経ってからだった。


「…よう」

「獄寺くん…」


我が物顔で保健室へとやってきていた獄寺くんが中には入らずにドアの前にしゃがんでいた。久しぶりに見た獄寺くんはたった数日会わなかっただけだというのに随分と大人びてしまったように思えて、それが酷く悲しかった。
まるで別人みたい。知らないところでどんどん大人になっていく獄寺くんに置いてきぼりを食らわされた気分。そうやってどんどん先に進んでしまうんだね。傷ついて、成長して、強くなっていく。前に進んでいく獄寺くんのスピードに私はどうしたってついていくことができない。


やっと会いにきてくれた獄寺くんに開口一番飛び出てきたのは温め続けていた言葉ではなく文句だった。


「また明日」


確かに彼はそう言って怪我をすると分かっている危険な場所へと向かったのだ。私は、怪我をすると分かっていながらもその言葉を信じて見送った。結果、獄寺くんは次の日には姿を現さなかった。シャマル先生を問い詰めて彼が無事であるということは知れた。怪我はやはり酷いものだけれど命に別状はなく、五体満足であると。それを聞いた私は安心するのと同時に不満を感じた。どうして会いにきてくれないのだろう。それは日に日に大きくなっていき、いつしか獄寺くんの無事を祈る心はすっかり見えなくなってしまっていた。今の私に獄寺くんを待つ資格はない。彼の身の安全よりも私の会いたいという気持ちの方が勝ってしまったから。


「すぐ来れなくて、悪かった。」

「別に待ってなかったし。」

「そうか、」


嘘。ずっと待ってた。でももうそんなこと言えない。

本当はあの夜帰ってもなかなか眠れなくて、何度も何度も目を覚ました。獄寺くんに何かあったらどうしよう、私じゃ手に負えないような大怪我をしてしまったら?命を落とさない保証はあるの?不安に押し潰されそうになりながら、どこで何をしているのかもわからない人の帰りを待つには私はまだ子供すぎたのかもしれない。


「………う、っ、」


気づけば涙が頬を伝っていた。獄寺くんに見られないように袖口で拭う。
彼の身を案じて涙を流すのはこれが初めてじゃないし、久しぶりに獄寺くんに会えて、安心している自分にも腹が立った。

悔しい、悔しい悔しい悔しい。

結局私ばかりが獄寺くんの心配をしていて、それが獄寺くんに伝わることはあり得ないし、私が心配をしたところで獄寺くんの何かが変わるわけじゃない。私がいてもいなくても獄寺くんの毎日は何一つ変わることがないのに、私の毎日は獄寺くんで溢れている。そんなの悔しいじゃないか。


「あの時の返事、していいか。」

「いい。聞きたくない。」


どうせ獄寺くんの答えは分かってる。
私は別に最初から返事は求めていなかった。


紙ヒコーキの裏、『スキ』の二文字


届かないかわりに広い空をどこまでも遠く飛んでいって欲しかっただけなんだ。
勇気もなくて可愛げのない私の代わりに、悠々と空を旅して欲しかった。


「こっち向けよ。」

「やだってば。もう話は終わりでしょ?具合い悪くないんだったら早く帰りなさいよ。」

「おい、まだ話は終わってねーぞ。」

「私の中では終わったの!」


大きな声が出たものだ。自分の声なのにどこか他人を見ているようだった。こんな風に感情をあらわにする自分を私は知らない。
しん、と静まる保健室前の廊下は居心地が悪かった。獄寺くんも何も言わない。もう呆れてしまっただろうか。
あんな紙ヒコーキの裏の文字に律儀にも返事をしようとしてくれただけで十分だ。それだけで、そういう優しい一面があったことが知れただけでこの恋を終わらせるのには十分だ。


「じゃあね、獄寺くん。あんまり無茶はしないでね。」

「…んだよ、それ。」

「そういうことだよ。」


もう私が君を手当てしてあげることはないだろうから。
これからも小さな傷をたくさん作る君の一つ一つを覚えていてあげたいと思った。
消えてしまう小さな傷も、残ってしまう深い傷も、全部ちゃんと覚えていてあげようと思ったのに。


「勝手なこと言ってんじゃねーぞ。」


手首を掴まれ無理矢理に振り向かされた私の顔はもう涙でぐしょぐしょだった。かっこ悪い。そんな私の泣き顔に顔をしかめた獄寺くんは掴んだ制服の裾を持ち上げて濡れているのを確認して更に顔をしかめる。勝手に心配をして勝手に泣いて、面倒な女だと思われたに違いない。


「こうやっておまえは一人っきりで泣くのかよ。」

「………」

「冗談じゃねぇ!」


ビクリと肩が跳ねる。掴まれた左手が痛い。
怒っている獄寺くんはどこかが痛むのか眉間に皺を寄せて辛そうな顔をする。そんな顔をされると困るんだよ。初めて会った時から、獄寺くんのこの顔に弱いんだ。


「どっか痛む?」

「…チッ」

「わっ」


腕を引き寄せられ、誘われるのは獄寺くんの腕の中。
思い切り抱き寄せられて閉じ込められる。制服越しに伝わる温かさと規則正しく刻まれる心臓の音。獄寺くんはちゃんと生きてる。生きて目の前にいる。帰って、きてくれた。


「おかえり、なさい!」

「あぁ」

「待ってた…!」

「あぁ」

「うっ、うぅ…すきぃ」

「あぁ、知ってる。」

むぎゅむぎゅと力一杯締め付けてくる獄寺くんは一つ一つに相槌を打ちながらトクントクンと心臓のリズムを速めていく。ちゃんと心臓まで届いているんだ。そう思うと少し嬉しい。


「おまえがいなくなったら誰が俺の手当てすんだよばーか。」

「怪我すんなよばーか!!」

「…気をつける。」


それでもきっと獄寺くんは怪我をするだろう。
そして私は不安な夜を過ごしながら、もうこんな想いはごめんだなどと思いながらも彼の帰りを待つのだろう。
最初からそうだったんだ。




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