Short story

甘い痺れが期待はずれで

今年もこの季節がやってきた。

下っ端の隊員共は浮かれ、そわそわと過ごす者が多い。

俺はいつからかこのイベントがあまり好きではなくなった。
いや、元々好きだったわけじゃない。

【バレンタイン】なんて女共が浮かれるだけで、よく知りもしない人間からの手作りの菓子なんぞ怪しくて食べる気にもならない。歯の浮くような甘さのチョコレートが好きなわけもなく、どちらかといえば煩わしいとさえ思っていたのは学生の頃の話だったか。


友チョコだ、義理チョコだ、本命だと何やらランクのようなものがあるみたいだが、俺に言わせれば全て同じに思えたし、貰ってもどうせ食べないから受け取らなくてもいいのなら受け取らずに済む方法を探してた。しかしまぁ、女というものはバレンタインチョコを渡すという行為に満足する生き物であり、それを拒めば面倒臭いことになる。素直に貰っておいた方がその場が丸く収まることの方が多い。


こんなイベントは学生の恋愛ごっこ。
そこを出てヴァリアーとして、暗殺者として生きていく俺にはもう関係のないイベントごとだと思っていた。
そうなるはずだったのに。


「う"ぉおい!エミはどうしたぁ!」

「姉ちゃんなら、ほら!オカマと試作中!」

「試作?…あぁ、アレか。」


エミは毎年ルッスーリアと大量の菓子を作って隊員1人1人に配り歩く。ご丁寧に任務中でいない奴らの分も用意して、帰ってきたときに渡せるようにしておく有様だ。
いつ死ぬかも分からぬ暗殺者へ、バレンタインにチョコを準備しておくなんざ馬鹿げた話だ。今日そいつが死んで、帰ってこないことだってあるかもしれない。そのチョコは誰にも食べられることなく、屋敷の裏の墓場に置かれることになる。そうだとしてもあいつは作るのだろう。恩着せがましいそのチョコが、少なからず隊員達の活力になるのならそれもいいか。実際、バレンタインの期間中に死んで、エミの手作りの菓子を食べられなかった奴がいるなんて話は聞いたことがない。運がいいのか、それだけ必死に任務を遂行して帰ってきているのかは知らない。


「俺アレ好きなんだよね〜ガトーショコラ」

「ボクはチョコチップクッキーが好きだな」

「はっ、お子ちゃまがぁ」


ガキ共は今年の菓子は何かという予想で浮かれている。
俺が初めて口にしたバレンタインは、ヴァリアーにきてからだ。
殺伐とした暗殺者集団の巣窟は、意外にもアットホームでまるで家族ごっこのようだった。それから毎年とくに断る理由もなく受け取り続けたバレンタイン。
エミからのというと少し語弊があるが、まぁルッスーリアからだと思いながら食べるよりはエミからの物だと思った方が美味く感じるというもんだ。


「今年はきっと豪華だぜ!」

「なんでだぁ?なんかあるのか?」

「バッカだな。ボスが帰ってきてはじめてのバレンタインだろ。やっと食ってもらえるから姉ちゃん張り切ってんの」


そうだった。
ザンザスは俺の知る中で唯一エミのバレンタインを食べ損ねていた男だ。それも8年もの間。下っ端や当時新入りだった俺でもありつけたあいつの手作りの菓子を食べることなく8年間。その間も、ザンザスへのバレンタインは毎年用意されている。中身はなんだか知らないが、俺が受け取っていたものと中身が違うというのも知っている。甘すぎるものは口に合わないなどとほざく奴のために、わざわざ甘さを控えたものをザンザスのためだけに作っているのを知っている。


8年間、いやそれよりもっと前からそういうものだったんだろう。
まだエミの母親もいた時代からそうやってザンザスのために作られた菓子があったんだ。


それが当たり前だと思って過ごしてきた。エミにとってザンザスが特別な人間であることは分かっていたつもりだった。
たかだかバレンタインの菓子一つでと馬鹿にされても文句は言えない。ただ、義理や本命とランクのあるこのイベントだからこそ気にはなる。


エミの本命は、どれなのか。







「はーいみんな!ルッスーリアから愛のバレンタインよーん」

「愛とかつけるなよキモいな。」

「何よ!愛情込めて作ったんだからいいじゃない!」


フリフリのピンクのエプロンをつけたオカマがるんるんでやってくる。
ルッスーリアの見た目は悪いが料理の腕とその見栄えは良く出来たものだ。

俺がここでのバレンタインを受け取ったのには理由があって、まず作った奴のことを知っていることと、小包装にされていないことだった。ヒラ隊員達にはラッピングをして渡しているらしいが、俺たちにはそういう包装はなく、大皿にこんもりとクッキーが乗せられていたり、ホールのケーキが出てきたりと、普段のティーパーティーが少し豪華で全体的にチョコくさくなったくらいの違いしかない。


「今年は何〜?」

「抹茶のフォンダンショコラ」

「おぉ〜!」


ベルは結局エミが作るものならばなんだって喜んで食べるのだ。
こいつくらい素直になれたらと思わないわけでもない。ただ、素直になったからといってどうしたいのかがイマイチ分かっていない。

俺にだけ作ってくれ!も違うし、他の奴らになんかくれてやるな!もなんだか違う。そこは別にどうでもいいし、それで任務の成功率が上がるならそれはそれでいいんじゃねぇかと思う。
結局は俺も、エミが楽しくやってんならバレンタインだろうがホワイトデーだろうがクリスマスだろうが構わないのだ。


「ボスさんには渡せたのかぁ?」

「うん。いつもこの部屋の椅子に置いてたけど今年はザンザスの部屋に持っていったわ」

「良かったなぁ」


ポンと乗せた手が振り払われることはなく。
少し下から見上げてきたエミの顔は、なんだか満足げだった。やっとの思いでザンザスの元へとたどり着いたバレンタインの贈り物。届かなかった8年があること、毎年ラッピングも違うしたぶん中身だって毎回違う。

あいつは知らないことだろうが、俺はそれを知っている。


「ねぇスク?あとでちょっとお散歩しない?」

「デートの誘いにしちゃあ、ガキくせぇなぁ?」

「あら?もっと刺激的なお誘いがお好み?」


クスクスと笑い合う。
なんて穏やかで馬鹿馬鹿しくて、緩みきった空間だろう。このひと時がたまらなく愛おしいと自覚するのはもうしばらくあとでもいい。


今はまだ、このチョコのような甘ったるい時間を堪能したい。



「」




「これ試しに作ってみたんだけど食べてみない?」

「………俺、にかぁ!?」

「スクアーロにというよりは、父様と母様へなんだけど、特別に味見させてあげる」


渡された包みは小振りだが味見用にしてはきちんと包装されたものだった。
リボンをほどき出てきたチョコレートをつまむ。口の中に溶け出すくどすぎない甘さ。

「……酒、か?」

「そう日本酒のチョコ。どう?いける?」

「おう、意外とイケるなぁ!」

「良かった!これだったら父様もきっと喜ぶわね」

「なんでだぁ?」

「剣帝同士だから?」

「意味わかんねーよ」


俺がうまいと思うのならいいのだとエミは笑った。
散歩という名の逢い引きはテュールとエリの眠る墓場まで。ロマンチックでもなんでもない場所に誘われたものだが、あそこがこいつの両親の居るところなんだから仕方がねえ。

両親へのバレンタイン、その味を知るのがお前と俺のふたりだけっていうのも悪くないもんだな。


「俺にもザンザスみてぇに個別にくれてもいいんだぜ?」

「スクも甘さ控えめが良かったの?」

「いや、そうじゃねぇが…」


相変わらずクスクスと笑うエミには何も伝わっていないようにも感じるし、全て伝わってしまっているようにも感じるから不思議だ。どちらも不快ではないが、どちらにしても一筋縄ではいかない女だ。






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