Short story

*花になるまで待っていて

「また応接室?」

「え!?ま、まぁね!?」

「【罰】長くない?」


 びくりと肩が震えたのは気のせいなんかじゃないし、冷静を装うために搾り出した声は見事に裏返った。でもそれが恐怖心からくるものなのだと勘違いしてもらったおかげで、優しい友人達には心配をかけただけで終わった。

 ごめん。心の中で謝って応接室への道をひとりで歩く。
この道のりが憂鬱だと思っていた頃の私は一体どこに行ってしまったんだろう。


「やぁ、来たね」

「……はい」

「そんな顔したって君はここにくるよ」


 雲雀先輩の言葉はまるで魔法みたいに私のことを縛り付ける。脅されているわけでも強制されてるわけでもないのに、私はこうして応接室を訪れてしまうんだ。

 それはたぶんこの人に会いたいから。

 優しいわけでもない、むしろ好き放題に私をからかって面白がるイジワルな先輩。だけど最後に「またね。」とひとこと魔法の言葉を漏らすから、私はまんまとここへやってきてしまうのだ。

 約束にしては曖昧で、命令にしては優し過ぎる。それはまるで雲雀先輩本人のようだった。
何を考えているのかよく分からないのに私のことはなんだかよく知っているような口ぶりをする。それが悔しくて雲雀先輩の思い通りにはなりたくなくてここに来ることをやめた時もあった。何事もなく過ぎていく平凡な学校生活は以前まで私が過ごしていた日常だしそれが私の当たり前だったはずなのに。ものたりない、そう思ってしまった私は欲張りなおんなのこだ。


「そんなところにいないでこっちにおいでよ。」

「いやです」

「ふーん」


 雲雀先輩が怒るととても怖い人だというのは兄から耳にタコができるくらい聞かされたし、実際身を以て凄まれたことがあるのでよくわかった。綺麗な人だと思わせといてあんなにギラギラとした目で見られたら足もすくむというものだ。だけどあの目を見てしまったからなのかな。こうやって無害そうな顔で私を呼んでいる雲雀先輩の方が今は怖い。


「君がこないなら僕が行こうか。」

「い、いいです!」

「どっちなの」


 語尾に疑問符がつかないこの話し方。尋ねているように聞こえて実は選択権なんて初めから与えられていないんだということに気付いただけでも褒めてもらいたい。

 おいでと手招きする雲雀先輩は座り心地の良さそうな立派な回転椅子に優雅に座っている。
どこに行くのが正解なのかな。僕が行こうかと口にした割にその椅子から動く気配がまるでない。早くしろとその瞳が訴えかける。このまま入り口付近に突っ立っているのも変な話ではあるので、ゆっくりゆっくり雲雀先輩のもとに向かう。歩き方や表情まで全てを見つめられているのは何かの審査なのか。不合格を言い渡されて帰りたい。さっきまでは確かに会いたくてここへきたはずだったのに今はもう帰りたい。帰り際の先輩はなんだか優しい気がするから。


「ここでいいですか」

「…………」

「……っうぅ」


 机の前までやってきた私を下から見下ろす雲雀先輩はいいわけないだろうと体全体で訴えている。椅子に座る先輩が私を見下ろせるわけがないんだけど、なんだろう、この見下ろされている感じは。誰に言えば伝わるのだろうか。

 なんで来てしまったんだろう。
毎回思うことだけど学習せずにこうして雲雀先輩の前に突っ立っている。私はきっと大バカ者に違いない。

 そろり、そろりと時間をかけてようやく雲雀先輩の目の前にやってきた。立派な机を回り込んで文字通り雲雀先輩の目の前に。相変わらず椅子から立ち上がる気配がない先輩だけれど、体の向きは椅子を半回転させてこちらに向き直ってくれている。肘を机に置いたままわずかに笑顔を浮かべた雲雀先輩から今すぐに逃げ出さなくちゃいけない気がする。分かっているのに、分かっていたのにやってきたのは私自身だ。


「もうちょっと素直な方が可愛げがあるよ?」

「余計なお世話です!」

「こっち、おいで。」

「あっ、」


 引かれた手にバランスを崩して倒れこむ先は雲雀先輩。大きな椅子には余裕があってなんとか膝で雲雀先輩を踏みつけることは避けたけど、避けた、けども。とっさに背もたれに突っぱねた右腕と雲雀先輩を踏みつけないようにと椅子の空いているスペースにねじ込んだ左膝。まるで今流行りの壁ドンみたい。壁じゃないし、やる側よりやっぱりされたい。


「あ、の…」

「なに。」

「手、離してください」


 掴まれたままの左手首が熱い。あと爪先立ちしてる右足も攣りそうだから早く離してほしい。雲雀先輩は楽しそうにクスリと笑う。彼の自由な左手がそろりと太ももを撫でた。キッと睨みつけてみてもまったく効果はないみたい。

 雲雀先輩は体温の高い人。彼の触れる左手首も、撫で付けられた太ももも火傷でもしてしまったかのようにじんじんと熱くなる。やめてくださいと言葉を強くしてみたところで自由に遊ぶ彼の手が止まることはなかった。焦れったいスピードで太ももばかりを撫でられる。


「へんたい!」

「嫌なら振り解けばいい。」

「いじわる」


 子供の喧嘩のように程度の低い言葉でしか反論できない私とは違って、雲雀先輩はいつでも正論ぶったことを言う。悪いのは絶対雲雀先輩なのにまるで私に選択権があるような口振りで私を試そうとするのはやめてほしい。
いじわる、その言葉に一瞬動きを止めた左手はゆっくり堪能した太ももを通り過ぎスカートの中へと進んでいく。


「ちょ、ダメです!」

「なにが?」

「なにが、って…わっ」


 さっきまで太ももをいったりきたりしていた熱い手は私のお尻をひと撫でしていった。セクハラだ!セクハラ親父の手つきだ!膝裏を抱えられ両足とも椅子に膝立ちにさせられて雲雀先輩との距離が一段と近くなる。いつのまにか自由になっていた左手で革張りの椅子の背もたれを必死に掴む。


「なにその目」

「やめてくれないと騒ぎますよ!」

「十分うるさいよ。」


 またそろり、雲雀先輩の左手が焦れったいスピードで動き始める。ゆっくりで優しい動きのはずなのに私を追い込むその手に恐怖しか感じない。どこに向かうつもりなのか。頭がパンクしてしまいそう。じわじわと上がっていく手から、私の顔を見つめ続ける雲雀先輩から、逃れるように目を瞑る。
雲雀先輩が通った後は全部熱くて、だけど雲雀先輩を待つそこは触れられてもいないのにもうアツイ。はやくして、そう思った時にツツツ、とそこをなぞられて、溜息と共に漏れでそうだった声を飲み込んだ。


「目、開けなよ」


 ふるふると首だけで答える私はもういっぱいいっぱいだった。身体中は熱いし、固く結んだ口は緩めてはいけないって分かってる。
雲雀先輩の顔なんて、見る余裕なんてない。


「意地っ張りだね。」


 下着の上をいったりきたりする雲雀先輩はやっぱりいじわるだ。
じれったくて、もどかしくて、両膝が震えだす。腰をひねって嫌がる私を雲雀先輩は逃がしてくれない。逃げようとする私の腰を押さえつけて、相変わらずゆっくりと雲雀先輩が動くから。


「や、あッ」


 どこから出た声だろう。私しかいないんだけど、到底自分のものとは思えないオンナの声がした。
少しでも隙間を作ろうと必死になって突っぱねていた両腕もふにゃんふにゃんで、お腹のあたりにちょうどよく雲雀先輩がいるものだから頭を抱いてみたりした。なにも文句は言われなかった。文句を言われたって聞いている余裕は今の私にはないけれど。


「ん、ん、ん、あっ」


 ぎゅゅゅう、と雲雀先輩の頭を抱く。自分の浅い呼吸のリズムといったりきたりを繰り返す雲雀先輩の指のリズムがちぐはぐで、それがもどかしくていたたまれなくて気持ちいい。
どうなっちゃうんだろう、このまま雲雀先輩にされるがままで、このまま続けられたら私どうなっちゃうんだろ。


「ッひばり、せんぱいッ」

「どうしたの。」

「ぁッ、こわいっ」


 ドクン、ドクンと心臓みたいに脈打つそこを、やっぱりのんびりと撫で付けていく雲雀先輩。こわくないよと言ってくれてもいいのにな。代わりに逃げないように腰を支えていた腕が少しだけ抱きしめてくれたような気がした。







「ヘンタイえろ大魔神」

「一文字も合ってない。」

「風紀委員長って肩書きの方が一文字も合ってません。風紀乱しまくりマンに改名したらどうですか」

「あんなの準備運動でしょ。」


 うまく息ができなくなって、これでもかというほど雲雀先輩の頭を抱き潰して限界を迎えた私は膝から崩れ落ちて雲雀先輩の太ももの上に座り込んでしまった。
俯く顔を優しく包み込まれて上を向かされされる。その時の雲雀先輩の顔は今まで見てきた数少ない穏やかな顔の中でもいちばん優しい顔だったような気がする。そんな顔が一瞬でギョッとして、ムスッとして、包まれていた頬を思いっきり摘まれたのだ。ムスッとしたいのは私のほうだし、摘んでやりたいのだって私の方のはずだ。だいたい自分が泣かせておいて、その泣き顔を見てギョッとするっていうのはどういうことなのだろうか。誰だっていきなりこんな場所で、やめてって言ってるのに、待ってもくれないし、怖かったのに!思い出してはまたぽろりと温かい涙が溢れてくる。

 悲しかったわけじゃないけど、わからないっていうのはとても怖いもので、だけどそれをどうやって雲雀先輩に伝えたらいいんだろう。


「まだ泣くの。」

「だって、こわかった」


 未だに雲雀先輩の上にいるのはどきたくても動けないからである。まんまと腰を抜かしてこのザマだ。人の膝の上で泣きべそをかくのなんて何年ぶりだろう。小さい子供になってしまったかのように口から出る言葉もなんだか幼稚だ。

 泣かれるなんて思っていなかった雲雀先輩のギョッとした顔はなかなか面白かったけど、それを言ったら今度こそ本気で泣かされてしまいそうだから言わないでおこう。

 雲雀先輩はじわじわと瞳を濡らす私の顔をしげしげと見つめた後に涙の通り道をペロリと舐めた。
今度は私がギョッとする番だった。


「なにその顔。」

「え、なんか、え?」

「次、準備運動でへばったら咬み殺すよ。」

「……次ってなに」


 拝啓、お兄ちゃん

 あなたの妹、風紀委員長に食われそうです。助けてください。




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