Short story

放課後の焦がしキャラメル

『ね、君の名前は?』

『山本武』

『知ってる』


悪戯っ子のように笑う彼女は機嫌が良さそうにシャープペンシルを回す。
窓から吹き込む秋の北風が火照った頬を撫で付けていくのが気持ちいい。







「最近、山本すぐ帰らないね。自主練?」

「ん?ま、そんなとこだな。部活ねーし。」

「ったく、これだから野球馬鹿は!」


テストは来週に迫っていた。
ただでさえ冬休みは短い。しかしクリスマスに年末、正月と短い中に楽しみな行事が詰まっている。悪い結果を出して宿題が増えるのは困るし、もっとひどいとクリスマスを含めた3日間が補修に当てられてしまう。それはなんとしても食い止めなければならなかった。

別に出かける予定があるわけでもないし、クリスマスを共に過ごしたい相手がいるわけでもない。ただどうしても、学校で補習を受けるよりはのんびりしていたいし、このままの流れだと獄寺のうちにでも集まって、男だけのクリスマスパーティーが開催されるんだろう。それも、毎年のことになりつつあった。

ツナには筋トレをしているということにしてしまったが、実を言うと図書室でテスト勉強をしている。家に帰ると誘惑がたくさんあるし、友達と勉強するとどうしても喋りたくなってしまう。一人で黙々と提出期限のある問題集をこなすにはどうしたらいいか。そこで思いついたのが放課後に解放されている図書室の利用だった。

普段入ることのない図書室は、静かにしなければいけない少し緊張する場所。
椅子を引く音、パラパラと紙をめくる音、そして暖房器具の安定した低い音。それ以外には何もない落ち着き過ぎている場所だった。

柄じゃない。一足踏み入れた時に感じたのは図書室につまはじきにされる自分。この静けさにどうにも落ち着かなくてソワソワとしてしまう。せっかくきてみたけれど、自分には合わないかもしれない。席に座ることすらもできずに突っ立っていたのは我ながら間抜けだったなと思う。


「後ろ、ごめんね」

「あっ、すんません!」

「…シーっ」

「あ、うす」


クスクスと笑いながら横を通り過ぎていった女子生徒(多分先輩)は、大きな窓から光がよく差し込む場所に座って教科書を取り出した。あの人もテスト勉強かな。疎らに埋まる図書室は、テスト期間といえども勉強をしている人ばかりではない。

彼女の前の席は空いている。斜め前の席の椅子を引いて、ギギギっと音を立ててしまったことに周りを見渡して、そーっと音が立たないように腰を下ろせば、また笑われた。

図書室での勉強が思いの外捗ったのには自分自身が驚いた。大きな図書室の中にひとりの空間を確立することができた人だけが、集中することができるのかもしれない。たまに休憩と称して携帯ゲームをしたりして、5分のつもりが思ったよりも時間がかかっていたりもする。ふと、我に返って周りを見回して、勉強している人達の姿に刺激を受けてまたシャープペンシルを握る。

斜め前に座っているのはやっぱり先輩だったみたいだ。開く教科書は同じ数学なのに色合いが違う。
もこもことしたクマのぬいぐるみみたいなペンケースから取り出されるのはピンクのシャープペンシル、消しゴム、様々な色ペン。持ち物がいちいち可愛らしい人だ。袖口が汚れるのを防ぐ為なのか、右手だけ腕まくりをしている。覗くのは白くて、細くて、もちもちしていそうな腕。一方で、隠れた左腕は手のひらのほとんどを隠していて、これが萌え袖ってやつか、なんてひとりで納得した。

誰が開けたのか、暖房の効く図書室に少しだけ秋の風が吹き込むのは熱気がこもらない為だろうか。


「ーっ、」


先輩の長い髪が揺れる。
それを耳にかける仕草はひとつ上の先輩とは思えない程魅力的で、女らしくて。思わず見つめてしまったのは仕方ないことだったと思う。


図書室に通い始めて3日目。
先輩は毎日同じ場所で勉強をしている。昨日はそれを遠目に眺めていたのだが、今日は俺の方が先に図書室へとやってきた。初日と同じ場所。先輩の斜め前の席。


「ここ、いい?」

「あ、うす」


小声で話しかけてきたのは先輩だ。いいも何も、その席は先輩がずっと座ってる席なのに。
にこりと笑って椅子を引いた先輩は音を立てることもなく静かに座ってみせる。俺はまだ気を抜くと大きな音を出してしまうし、急に話しかけられると小声での返答ができないくらいには図書室初心者だ。

今日もまた可愛いペンケースから可愛い文房具を取り出して、先輩の周りは可愛いもので埋め尽くされている。それなのにやっぱり先輩は子どもっぽくはなくて、俺よりも明らかに年上だ。


『ね、君の名前は?』

「ん?」

「シーっ」


ルーズリーフの左端、可愛い字で書かれた文を読んで、言葉で返そうと思ったのは反射的に。それを初めて会った時みたいに人差し指で止めて、笑ってくれる先輩からのメッセージ。


『山本武』

『知ってる』


じゃあ、なんで聞いたんだ。思わず出かかった言葉を飲み込みながら先輩を見る。先輩は、楽しそうに笑ってる。声を出さないように笑う姿がたまらなく可愛くて、目が離せない。

何か、何か書かないと。

ルーズリーフは俺の元にある。何かないだろうか。頭が真っ白になるとはこのことだ。名前を聞かれたんだから、俺も名前を聞けばよかったのに。先輩の名前より先に、聞いておかなければいけないことがある。




『センパイ、彼氏いますか?』


今度は先輩が驚いて声を出す番だった。


放課後の焦がしキャラメル



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