Short story

約束の指に赤い糸

「またきたの?今日は何にする?また腹痛?」

「んなもんテキトーでいいだろ。毎回聞いてくんなよ!」


彼の名前は獄寺くん。

並盛中学の2年生で少し不良な転校生。

私は小林ななし。

並盛中学の3年生で保健委員長。


私が並中に入学したばかりの頃、この学校には保健医という人がいなかった。そんなことある?と思ったのもほんの一瞬で、そういうものだと思ってしまえば何の違和感もなくそれに馴染んでしまったのだ。

学校の近くに病院もあるしこの保健室で対処しきれないようなものはすぐ病院に頼っている。それも私が保健委員を務めた2年ちょっとの間で2、3回あったかなくらいの頻度だった。

2年間も保健委員を勤めればある程度の怪我の処置は手馴れたものになるし、体調不良を訴える人への対処だって慣れたもの。
他の学校より圧倒的に打撲、鞭打ちで保健室を訪ねてくる人が多いのは風紀委員長の雲雀くんが制裁を下している以外にも、少しヤンキーチックな男子生徒たちによる小さな争いが多いからなんだと思う。


そんなヤンチャな人たちの部類に含まれるのであろう獄寺くんは、この世の終わりみたいな真っ青な顔をしてこの保健室へとやってきた。それが獄寺くんとの出会いだった。


「腹痛!?今なにか薬を…!」

「っるせえ、いいから、ベッド貸せ。寝てりゃ治る」


寝てれば治ると言い張る獄寺くんに仕方なくベッドを提供して以来、彼はサボりにここにやってくる。本当に具合が悪そうな時もある。無下にできないのは多分最初にあんな状態の獄寺くんを見てしまったからだと思うんだ。

ベッドに沈む獄寺くんは時より魘されているような声をあげて額にはたま汗が浮かび眉間にしわを寄せながら何かに耐えている。こんな状態の人はすぐ病院に連れていくか家族に連絡をして帰宅してもらうのがいいんだろうけど、どちらも頑なに拒み続ける獄寺くんを前に、汗を拭き取ってあげるくらいしかしてあげられることがなかった。


「ななしちゅわ〜ん今日も可愛いね!今からおじさんとイケナイこと「しません」…はい」


シャマル先生が並中の保健医としてやってきてからも保健委員としての仕事が減ることはなかった。居たり居なかったり、ふらふらしている先生で、しかも男子生徒は診ないなんてふざけたことを言うのだ。冗談だと思って笑って流していたのだが、本当に男子が怪我して保健室にきても唾つけときゃ治るなんて言うものだから驚いた。


獄寺くんは喧嘩が多い。
男は診ないシャマル先生の代わりに獄寺くんの小さな怪我を見つけては口を酸っぱくして無理やり手当をさせてもらってきた。彼がここにくるのはどうやら昔馴染みらしいシャマル先生に会いにきているのが少しとサボり目的できているのが大半で、怪我があっても処置をしてくれと言われたことはなかった。


「また怪我してる!腕みせて」

「あぁ?こんな擦り傷いちいち…」

「はい、うるさい。先輩の言うことは絶対聞きなさい!」


獄寺くんに喧嘩はやめてと言ったらやめてくれるかな。きっと、やめてくれないだろうな。彼の慕う10代目という人がどんな人なのかは知らないけど、その人のために戦い傷つくことが名誉あることだと思っているし、誇らしいとすら思っている。
大抵の人は誰かが自分のためを思って傷つくことに心を痛めると思うんだけど、獄寺くんの10代目はそういう人じゃないのかな。

私は心配してるよ。
この間だって訳わからないくらいボロボロで高熱も出てて動けるような状態じゃなかったくせに、珍しくシャマル先生が処置をしてやっと寝たと思って目を離したすきに保健室からいなくなっていた。
あんな状態で一体どこに向かうのか。
10代目のところなの?
獄寺くんをそんなに突き動かす10代目って人はズルい。一言「安静にしてろ」って10代目が言ってくれたら獄寺くんはそれを守り安静にしているはずなのに。
私じゃ獄寺くんを止められない。


「この紙全部紙ヒコーキにする、手伝え」

「手伝ってくださいでしょ?」

「…っ!いーから手伝え!」


また何かを始めたらしい。
至る所に包帯が巻かれている。
やめてって言ったってやめてくれないだろうし、見守らせてなんてもっと言えない。傷つくところをこの目で見るなんてたぶん私は耐えられない。

遠くまで飛ぶように小細工を入れてみたりした紙ヒコーキを見て、獄寺くんは時間の無駄だって怒ってくる。文句をつけてきながらも一番気合いを入れて折ったイカす形の紙ヒコーキだけは、ダンボールの中へではなくふたり向かい合って座っている机の上にぽこんと置かれた。

「おまえ…」

「おまえじゃない!ななし先輩っ!」

「はぁー?先輩っていうのは敬う相手に使うもんなんだよ!」

「敬いなさいよ!年上なんだから!」

「俺にとって年上は全員敵なんだよ!」


可愛くない。大人しくななし先輩って呼んでればちょっとは可愛らしいのに。別に名前で呼んで欲しいとかじゃないけど。

放課後に一緒に紙ヒコーキを折ってたってこれだってきっと10代目の為なんだろうし、そこらへんにいたから仕事を押し付けてるだけなんだろうし、一緒にいるのに、獄寺くんは10代目のことばかりだ。


紙ヒコーキ作りは1日では終わらず次の日もその次の日も私の仕事にされた。あんなにたくさん折ったのに次の日には空の段ボールと大量の紙を持ってくる。
そして日に日にボロボロになっていく獄寺くん。

手当てをさせてくれないと紙ヒコーキも折らないし、保健室だって入れてあげないと脅したらしぶしぶと出された腕は打撲ではなくて擦り傷や小さな火傷がたくさんあった。化膿しちゃったらどうするつもりなんだろう。


手当てをされている最中の獄寺くんはいつも機嫌が悪いというかブスくれた顔をしている。そんなに手当てされるのが嫌なら怪我しないで欲しいんですけどね?拗ねた顔をしたいのは私の方だよまったく。







あいつと大量に折った紙ヒコーキは一機も撃ち落とすことができずに爆風でどこかに飛んでいったり焼けたりして手元からなくなっていく。
何に使う紙ヒコーキかなんて聞いてこないが、ガキが遊ぶために作ってるわけじゃないことくらい分かってるはすだ。

何も聞かない代わりに手当てをすると言い張るあいつの言うことだけは聞いてやろうと思う。別に今までだって自分の手当ては自分でしてきたしこんな小さな火傷手当てなんかしなくたってへっちゃらだ。
そんな自分の身体のことよりも10代目の為に勝利を掴むことが俺の最優先事項だった。

もうすでに戦いは始まってる。
笹川は勝ったけど腕はしばらく使いもんにはならないだろうし、アホ牛は病院でまだ意識が戻らねえ。
お優しい10代目の乱入が妨害とみなされてしまったが勝率で言えば一対一。
今日の俺の戦いはこの後の流れを決める大事なタイミングだと思う。だからこそ今日の夜までにあの技を完成させなきゃならねえ。

昨日ふたりで作った紙ヒコーキは全てダメになった。授業中の校内は静かで集中するのにはちょうどいい。当たり前だが授業を受けているはずのあいつの姿はここにはない。口うるさい女がいないだけでこんなにも静かな保健室。
机の上にはちょっとイカすボディーに仕上げられた紙ヒコーキがひとつ。時間をかけて楽しそうに折っていたのを思い出した。

あいつといるとマフィアだとかリング争奪戦だとかそういう俺が今まで身を置いてきた危険な世界のあれこれが一瞬ぼやけるような気がする。平和ボケって言うんだろうな。どこまでも平和で傷や怪我を見て眉間にしわを寄せる女。嫌悪感というよりは心底悲しいって顔をする。
だからあいつに手当てをされるのは嫌いだし、そんな顔するくらいなら手当てするなんて言いださなきゃいいんだ。どうやったって俺はこれからも怪我をするだろう。


よく飛びそうな紙ヒコーキをなんとなしに飛ばしてみる。勢いよく飛んだ紙ヒコーキはあいつが妙にこだわった先端部分が鋭利すぎたのか妙な回転を加えて落下した。


「ぜんぜん、ダメじゃねーかよ」


拾い上げようとした紙ヒコーキの裏に書いてあった文字を見て、俺は保健室を後にした。







「こんな時間に学校なんか入って大丈夫なの!?」

「なんで声量抑えてんだよ」

「だってなんかバレたら怖いじゃない?」


時刻は深夜10時半

並中の保健室で明かりをつけることもなくひそひそ話しをしているのは私と獄寺くんだ。

いつものように放課後保健室へとやってきた私。今日はいったいいくつの紙ヒコーキを折らされることやらなんて溜息をもらしつつも、それもなんだか楽しくなってきていた。何に使うかなんて知らないし、聞いたって教えてくれるわけないから、今日もまずは獄寺くんの手当てをして紙ヒコーキを作りながらぽつりぽつりと会話をしてどこかに向かう獄寺くんを見送ろうと思ってた。

だけど獄寺くんもシャマル先生も姿を表すことはなく、幸い部活動などで怪我をする生徒もいなかったのでただひたすらに保健室の門番をして終わった放課後。
もう帰ろう、そう思った時に目に付いたのが紙ヒコーキだった。

私が折ったものじゃない、ノーマルな紙ヒコーキ。ここにあったのはいちばん最初に作ったあのかっこいい紙ヒコーキだったはずなのに。何かの拍子に入れ違ってしまったのかな。あれは他の紙ヒコーキとは違うのに。だけどいつまでも机の上にあったって紙ヒコーキも嬉しくないだろう。飛ぶために生まれた紙ヒコーキだからね。
「君も飛び立ちな〜」何目線なのかわからない独り言をもらしながら紙ヒコーキを飛ばそうと目線の高さにあげた時だった。


「夜の、10時、保健室?」


それはたぶん獄寺くんからのメッセージだった。そう思ったのはそうだったらいいなと思ったのもあるけど、紙ヒコーキの裏にこうやってメッセージが残されているということは私の書いたメッセージも読まれてしまったってことなんだと思う。
いや、たまたま同じ場所にメッセージを書いただけかもしれないけど、獄寺くんに限ってそんなことはないと思う。


「30分以内で手当てしろ」

「また怪我?というかなんでこんな時間?」

「いーから!時間がねーんだよ!」


こんな時間に人を呼び出しておいて手当てをしろなんて本当に勝手だ。時間がないなんて私が知ったこっちゃないし。
だけど初めて獄寺くんから手当てを申し出てくれたっていうことが少し嬉しくて、文句を言いながらも出された腕から包帯を変えていく。今まで見える範囲の傷しか手当てしてこなかったけど、ワイシャツの中に着ているTシャツを脱いでもらえば見える包帯の巻かれた身体。腕以外はきっと自分で包帯を巻いていたんだろう。所々緩くて不恰好だった。


「こんなに怪我して…」


見えないところに知らない怪我がたくさんあった。出来たばかりのもの以外にも傷跡として残っているものもある。いつ出来たんだろ、覚えてるわけないよね。そんな風に忘れ去られた傷がたくさんある獄寺くんの背中。緩まないようにしっかりと包帯を巻いていく。傷だらけでムカつくので少しきつめにしてやろうじゃないか。


たぶん今日、これから獄寺くんは傷つきにいく。私のしてあげていることは結局私の自己満足でしかなくて、獄寺くんのためになるようなことじゃない。
どうしたら獄寺くんにとって意味のある人になれるのかな。


「終わったよ」

「…サンキュー」

「お礼が言えるなんてえらいえらい」



明かりはつけるのはマズイからと月明かりを頼りに包帯を巻いた。月に照らされる獄寺くんの髪の毛はキラキラしてて思わず触りたくなってしまう。回転椅子に腰掛けている彼の頭は今ならちょうど触れる位置にあるんだけど、怒られそうだからやめておこう。


「終わったら話がある」

「喧嘩の武勇伝なら怖いから聞きたくないよ」

「ちげーよ、紙ヒコーキの…返事」

「…………あれは、別に」


紙ヒコーキの裏に書いた二文字は別に返事を求めていたわけじゃないし、本人に伝えるつもりもなかった言葉だから。偶然それを見てしまって律儀にもお返事をしてくれようとしているなら、それはいらないよ。
あの紙ヒコーキは空に飛んでいくはずだったものだから。遠くまで飛んでいって、見えなくなってしまう予定だったものだから。


「今日これから、たぶんっつーか絶対怪我する」

「やめてって言ったってやめないんでしょ?」

「あぁ。だから明日また包帯を巻いてもらいにきてやるよ」

「…全然嬉しくないけど?」


心配させるくせに引き止めさせてはくれなくて、どこで何をするのかは教えてくれないのに明日また戻ってくるなんて言うんだね。


いってらっしゃいなんて言えないし、がんばれなんてもっと言えない。できるならこれ以上の怪我はして欲しくない。
だけど獄寺くんの傷の場所を知るのは私だけがいいなんて、独占欲の塊だ。


「いってくる」

「明日、保健室で待ってます」


嵐の守護者の対決 開幕!!


「獄寺隼人、いけます!」


prev|next

top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -