Short story
2017年誕生日
「やーっと見つけた。こんな所でのお食事がお好みですか?」
「…」
膝を抱えて体育座りをする幼い子供。
最近真似し始めた髪の毛はあろうことかあの変態医師の外ハネで、口調もなんだか似せてきているところがある。
どうかどうか、今の優しいままの男の子でいてくださいね。あんなスケコマシの真似をしてはなりません。
「そこに置いといて」
「ひとりになりたいんですか?はいはい、わかりましたよ」
私はこのお屋敷の新米メイド。
食事の配膳や掃除など屋敷の雑用は全てシフト制で割り振られている。
しかしひとつだけ、この屋敷のお坊ちゃんもとい「隼人様」が拗ねて屋敷を飛び出した時に捜すのはどういうわけかその時の1番の下っ端が請け負う仕事と決まっていた。
正直、大変な仕事である。
いつ、ご機嫌を損ねて消え去ってしまうかわからない上に毎回いろんな場所でひとり膝を抱えるので見つけるのも至難の技。
それなのに通常の業務が減るわけではなく、結局優先順位の高いものから捌いて就業時間内に仕事が終わらず残業をするなんてことになる日もあるのだ。
「…」
隼人様は隣に無造作に置かれたお盆の上のおやつには目もくれず、翠色の綺麗な瞳を揺らしながらどこか遠くを見つめている。
その小さな背中がなんだか寂しそうに見えたので、あぁ今日も残業かとため息をひとつ。
「仕事に戻るんじゃないのかよ」
「食器を下げなければなりません。それに少し休憩したってバチは当たらないと思います」
「サボりだ。メイド長に言ってやろう」
「あ!それはやめてください!あの人怒ると長いんです。それより隼人様はなんでこんなところに?」
比較的見晴らしのいいここは屋敷の向こうがうっすらと見える場所。防犯上屋敷は森に囲まれているし近くに民家はない。町の人が住む所はここからは見えないもっとずっと先にある。
「もしかして、屋敷の向こうへ?」
「…うるさい」
「変なの!明日は隼人様のお誕生日なのに。お誕生日ってワクワクしませんか?みんな明日の為にいつもより念入りにお掃除してますし、料理場は今日から仕込みで大忙しですよ!」
明日は隼人様のお誕生日。
用意されたパーティー会場はすでに飾り付けが終わっているし、料理長は明日の為に何ヶ月も前からメニューを考えては試作をして、その試作品を私達メイドにくれていた。
グランドピアノが置かれた今は使われていない部屋に次々とプレゼントの箱が届いている。全て隼人様へのプレゼントで、このお屋敷の主人、隼人様のお父様のご友人から届いた品の数々だ。
誕生日
その単語に肩をビクリと揺らした隼人様は一層膝を抱えて、とうとう前ではなく自身の足元を見つめるように丸まってしまった。
この歳の頃の子供はおやつや誕生日、プレゼントといったものは無条件で喜ぶものだとばかり思っていた。だけどどうだろう。目の前のおやつや明日に迫った誕生日、ご馳走やプレゼント、それらをちらつかせるたびに彼の背中は寂しそうで消えてしまいそうだった。
「明日は隼人様のピアノの演奏があると聞いております!私まだ聞いたことがなくて!だから明日は私も楽しみなんです」
「……そうかよ」
使用人は華やかな場には出ないし、普段の食事も質素なもので済ませている。
だけどこういうおめでたい日の使用人の食事はいつもより豪華なんだそうだ。
「明日はこうしてお喋りできるか分からないので今のうちにーー
▽
▽
▽
「「お誕生日おめでとう!」」
「う、うっす」
誕生日なんて昔から嬉しくもなんともなかったし、こうやって誕生日パーティーを開かれるたびに俺なんて生まれてこなければよかったんだと思ってた。
本当に祝って欲しい人はいつもいなかった。
ピアノを聴かせたいあの人はいつもいつも俺の誕生日には姿を見せてはくれなかった。
名前も知らない大人達に囲まれてピアノを弾いて拍手をされる。
「隼人おぼっちゃまは幾つになられたのですかな?」
俺の歳も知らないような人間達に囲まれて、おめでとうの言葉をもらう。
誕生日なんて、自分が惨めになるだけの日だった。
俺の15歳の誕生日をみんなで祝おうと言ってくれたのは10代目だった。
その言葉だけで俺は十分だったし、正直特別に何かをされると惨めな気持ちになりそうだから、出来れば誰にもおめでとうも誕生日についても触れられることなく、いつも通りの1日にして欲しかった。
俺が日本にきて3回目の誕生日日本というところは、ガキの頃からひとりきりでイタリアにいた俺には拍子抜けするほど平和で穏やかな国だった。
隣町に復讐者の脱走集団がやってきたり、暗殺部隊がやってきたり、未来にいったり、転校生がマフィアだったりその他諸々。
普通の中学生ではまず経験しないことをしている自覚はあっても、やっぱり日本は平和だった。
何もなければダイナマイトを1発もぶちかます事なく1日が終わる。無傷で1日を終えることができる。
そんな普通の毎日が心地よかった。
まるでただの中学生になれたような気がした。
だから誕生日の主張はしてこなかったし、去年なんて確か六道骸の居場所がわれたってことで乗り込んだんじゃなかったか。
あのメガネ野郎に毒針プレゼントされて意識は朦朧としてたし、雲雀に肩を借りたり操られていたとはいえ10代目に危害を加えようとしたりと散々な1日だったと思う。
だけどそんな1日でも、あの城で豪華な食事に馬鹿でかいケーキ、愛想笑いの大人達に囲まれて過ごす誕生日よりずっとマシだった。
「……………獄寺くんって誕生日…9月、9日なの?」
「え、そうっすけど、何かありました?」
「いや、何かって!!!なんで言ってくれないの!?」
10代目に何かの拍子で誕生日がバレた日のことは忘れない。
なぜ今まで黙っていたのか、散々問い詰められたし今度の誕生日は絶対お祝いするから!3年分!と半ば半ギレで言われてしまったのだ。
そのうちそんなことも忘れるだろうとその時は笑って流していたが、今日という日を迎えてみれば朝からそわそわする10代目とクソだらしねえ顔してニヤニヤしてくる野球バカ。そんなふたりの態度で今日が9月9日であること、この後何かがあることが簡単に予想できてしまった。
「…っ、ふぅー」
声として出した溜息と共に肺の中の煙を吐き出した。
並中の屋上。
1年の時からサボりといえばここだったし晴れてれば栄えてもいない平凡な並盛町が一望できてなかなか気に入っていた。
昔から何かから逃げ出したいと思った時に遠くを眺められる場所に足が向く傾向があるのをふと思い出した。
屋敷のベランダだとか、敷地内の森の木の上、小さな丘に体育座りをして遠くにいるはずの母さんの姿を探した日もあった。
「やーっと見つけた。こんな所でのお食事がお好みですか?」
それは、屋敷を出る決意を固めたあの場所でのやりとり。
使用人から母さんのことを聞いて、いくら待ってももうあの人は俺の前には現れないんだとわかった日。
お誕生日おめでとうと言って欲しい人
ピアノを褒めてもらいたくて一生懸命練習した
大きくなったわねと、大きくて暖かい手で俺の両手を包んでくれたあの人はもういなかった。
あの時のメイドは悪気があって誕生日やらピアノが聴きたいやらを言ったんじゃないってわかってる。入ったばかりで俺の家族構成を知らなかったんだろうし、何よりいつも笑顔で俺を子供扱いする生意気で少しドジな親しみやすい奴だった。
「明日、お誕生日おめでとうございます!隼人様の8歳の1年間が素敵な1年になりますように!」
「1年だけかよ」
「9歳の1年はまた来年、お伝えします」
「伝えなくていい!うるさい!」
「あらやだぼっちゃま!こういう時はありがとうって返すものですよ?」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
そういえばあいつは俺の記憶の中で1番最後に俺の誕生日を祝った奴だ。
来年に、その言葉を聞くことはなかった。
次の日、俺は家を出る。
「あー!獄寺くん!こんなところに!」
「10代目ぇ!?」
「もうHRも終わったよ。今日は山本のうちでパーティーだからね。獄寺くん逃げそうだからもうこのまま山本の家に向かうよ」
「そ、そんないっすよパーティーとか…」
「なに言ってんだよ!寿司食い放題だぜ?」
「いつもじゃねーかよ!」
屋上に勢いよく駆け込んできた10代目と山本。
ふたりは俺なんかより今日という1日を楽しみにしているような気がして、俺はワクワクもしなければ嬉しいだなんて思わないこの1日に一体なんの魅力があるんだろうか。気持ちの温度差にまた少しずつ置いてけぼりを食らうようなそんな気持ちになる。
「あとでも言うけどさ、獄寺くん、お誕生日おめでとう!生まれてきてくれて、ありがとう!」
「ありがとな!獄寺!」
「あっ、」
生まれてきてくれて、ありがとう
そんな風に言ってくれる人はいただろうか
なんで、誕生日じゃない人達の方が楽しそうで嬉しそうでソワソワしていたのか、やっと理由がわかったような気がした。
今まで誕生日を祝われ、それに対して礼を述べるものだとばかり思っていた。
でもそうじゃなかった。
俺は、自分の誕生日のこの日に、あの人へ産んでくれてありがとうと感謝しなきゃならねえ1日だったんだ。
「……ありがとう、ございます」
「…………獄寺が礼を言った」
「言っちゃ悪りぃかよ野球バカ」
「獄寺くん、成長したねっ…俺感動した!」
「えぇ!?10代目までそんな!?」
母さんへ
俺は日本で素敵な10代目と騒がしいその他諸々と、まぁなんだかんだ平和にマフィアやってます。
9月9日に俺を産んでくれて
ありがとう
2017.9.9 Happy Birth Day!!
「旦那様!旦那様!今日は隼人様の15歳のお誕生日ですね」
「そうだね。今日のディナーはきっととびっきりのご馳走だ」
「隼人様も日本でご友人と過ごされているんでしょうか」
「あぁ、きっとね。」
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