Short story

くちびるに自尊心



+10 臆病パラレル軸


「浴衣じゃねーのか?」

「この歳になって浴衣はさすがに…」

「それもそうか」


 待ち合わせをした並盛神社の鳥居前には、同じように待ち合わせをしている人が多くいて、そのほとんどが自分達よりも若い学生であることは容易に想像できた。
 慣れない浴衣と蒸し暑さ、そして祭りの騒がしさ。それら全てが特別な感情に変わり、待ち人はまだだろうかと心臓の音を速くさせるんだよな、なんてまるでひとごとのようだった。


 ツナがボンゴレ10代目としての活動拠点を並盛に移したのは結構無理を押し通したみたいで、各方面からの反発もそれなりに多かったらしい。
だけどツナは断固として譲らなかった。
 だからこそ雲雀も不可侵条約なんてものを敷いてはいるけど、アジトを隣同士に建設して何か非常事態があればなんだかんだと助けてくれるようにはなっている。

 でもずっと日本に居られるのかっていうとこれまた難しくて、ツナを始め俺達守護者もイタリアと日本を行き来する生活がもう何年も続いていた。


 8月の第1土曜日ー並盛神社ー


 中学2年の夏、まだ何も知らなかった頃の俺がみんなと中学生らしく過ごした最後の夏だった。
いや、あの時ですら売上金を盗んだやつらをとっ捕まえたりしたんだっけ。雲雀もいたな。思えばあれが雲雀との初共闘だったってわけだ。


 今でもあの時の花火は覚えてる。

 そこに陽子の姿はなかった。


「あ"ーっ、生き返るぅ!」

「オヤジくせえ事言うなよな〜。せっかくの祭りだってのによ」

「タン塩に合うわ〜きゅうりの一本漬けも食べるでしょ?フランクフルトもいいよね〜」

「ほんとお前、女子力ってやつがねぇのな」


 缶のビールを片手に分厚いタン塩の串焼きにかぶりつく陽子は、お世辞にも女子力ってやつが高いとは言えないと思った。
 昔から化粧とか髪の毛とかには気を遣う奴だったけど、食べることに対しての心構えが女のソレじゃない。フードファイターも顔向けの食いっぷり。よくぞ太らなかったものだと褒めてやりたい。

 それでも昔はまだマシだった。祭りにくればチョコバナナだ、わたあめだ、りんご飴だと、今に比べたらだいぶ甘くて可愛らしいものを食べていた。

 それがどうだろう。ハタチを越えて酒を飲むようになったものだから、目につくものが全て酒のアテ。
こうなればもういくら綺麗に化粧をして、服装だって年相応の綺麗目カジュアルってやつだっていうのに台無しだ。隠しきれないオヤジ臭が漂う。


「いつまで日本いるの?」

「あー明後日には…」

「そう」


 大人になった。見た目だけは。

 大人になると物分かりは良くなくちゃならなくて、我儘は言えなくて、仕事とプライベートは混同することなくバランスを保たなくちゃならない。
だけど俺は昔からふたつのことを天秤にかけてバランスを保つのは苦手だった。
必ずどちらかが疎かになるし、どちらも気にしようとすればたちまちどちらも上手くいかなくなる。

 ツナには、山本は要領がいいなんて言われたこともあったけど、手の抜き方を知っちまっただけで、大事なものが複数あった時の俺なんてお世辞にも要領がいいとは言えないくらい破茶滅茶なことを考える。

 ちなみに陽子とマフィアを天秤にかけたわけじゃなくて、陽子と自分を天秤にかけたんだと思う。
もちろん大事なのは自分なんかよりも陽子だったんだけど、大事だからこそもう2度と目の触れないところへやってしまおうと思ったし、大事だからこそ俺なんかじゃない誰か別の男と幸せになってくれたらいいと思ってた。


 だから手放した。


 そうやって目の前の大事なものから目を背けて、護っている気になっていただけだった。傷つけていたのは俺だった。

 そんな単純なことにやっと気付けたのは、過去から10年前の陽子がやってきてからで、過去の陽子とそれから自分に背中を思いっきり叩かれた気分になったんだよな。


 情けない話だけどそうでもしないと俺は陽子から目を背けたまま何もできなくて、今度こそ陽子は俺の手の届かないところに行ってしまっていたと思う。


「ビックリしたよ。久々にきた連絡がお祭りのお誘いなんてさ」

「たまたまな。そういや結局陽子とふたりで祭りって行ってなかったと思ってよ」

「小さい頃はお母さん達がいたし、それ以降は店番ばっかりだったからな〜」

「ははっ、悪りーな」


 友達と夏祭りにきたのは中2が最初で、それっきりだった。
 それ以降は何かと忙しくて夏祭りを楽しむ余裕なんてなかったし、知らず知らずのうちに人の多い所は避けるようになっていった。
 それこそ雲雀じゃねーけどさ。人混みっていうのはやっぱり何があるか分からないし、集中してても雑音や沢山のにおいに気が散らされて、想像以上に疲れるんだってことが分かった。


 過去の俺たちも今頃ふたり仲良く祭りを楽しんでいるのだろうか。

 沢山の屋台に目が移り危なっかしいお前の腕を、あの世界の俺はしっかり掴んでやれてるのかな。


 いつまでも隣にいてくれるなんて思ってたら大間違いだぜ。陽子は縋ることを知らない奴だから。寂しかろうが悲しかろうが表に出すのは苦手で、気付いたら手を伸ばしても触れない位置まで遠のいて傷つかないように自衛をするのがうまいんだ。


 そっと伸ばした手は何も掴むことなく落ちる。


左手には缶ビール。
右手には食べかけのタン塩。


 物理的に掴むところがないから諦めただけで、別に今更恥ずかしいだとか拒否されたらどうしようだとかそんな風には思ってねーよ。うん、思ってない。


「過去の私たちも来てるのかな夏祭りに」

「…俺も、同じこと思ってた」


 昔はよく同じ思考回路を持ち合わせてて、何をするにも意思の疎通が簡単だった。だからあえて言葉にするということを怠ったし、そんな事をしなくても伝わっていて、同じ事を思っているということが当たり前のことだと思ってた。


 少しの間離れて、知らぬ間に大人になって、同じ時間に脳内で同じ事を思い浮かべるという奇跡のありがたみを感じる。
同じ事を思っていたよと声に出して伝えることが、こんなにドキドキすることだという事を初めて知った。


 伝えたら陽子はどんな顔をするだろう。
覗き込んだ隣は、少しだけ嬉しそうで。
それも俺と同じような気持ちであったならいいのにと願わずにはいられなかった。


 立ち止まった俺に合わせて陽子も歩みを止めた。

 そんなに簡単に昔のような関係には戻ることがないことも、もう後戻りができないくらいふたりとも歳を重ねて大人になってしまったことも分かってる。

 戻れない俺達は前に進むしか道がなくて、その先がどうなるのかなんて自分にだって分からない。
手探りで、慎重に、ひとつずつ。


「どうしたの?」

「な、陽子」


 何?とその目線が告げている。
缶ビールに口を付けながらその先を促す陽子の視線は、なんだか色っぽい。
酔ってるわけでもないだろうし、もちろん誘ってるわけでもないんだろうけど、俺が色々拗らせている間に随分と大人な表情もするようになっちまったみたいだ。


 何でもないんだと告げたらお前は呆れて笑うだろうか。
そんな風に呆れた顔ばかりさせてきたけど、照れたり拗ねたりやきもちを妬いたりする顔はきっととっても可愛いだろうし、そんな顔を俺以外に見せていたのかと思うと見知らぬ誰かに嫉妬もする。


「あっ」

「っくぅーぬるいな」

「あぁ、私のビールが〜」


 飲みかけのビールを奪い取った俺を恨めしそうに見上げてくる陽子の相変わらずの食い意地っぷりがガキみたい。
だけどそんな陽子のビールで濡れた唇に、かぶりついてしまいたいなんて考えている俺は思春期真っ盛りのガキみたいだ。

あの頃の純粋な気持ちを再び抱いてもいいんだろうか。
受け入れてもらえるんだろうか。


 尖らせた唇を親指でなぞれば赤いルージュが指につく。いつの間にこんなもんつけるようになったんだか。
暗がりにも負けない赤い唇が俺を誘う。


「陽子」

「…………なに」


 俺を見上げる陽子の瞳がゆらゆらと揺れるのは、少しの不安と少しの期待。
今でも同じ思考回路を持ち合わせていられたのなら、それで間違いないはずだ。


 奪った缶ビールを持つ右手にそっと重ねられた左手と、重なった視線とそれから、唇。


「んっ、武、ひと」

「うるせ」


 夏の暑さの中で少しだけひんやりとしたお互いの唇はほんのり苦くて特別甘かった。

それが熱を持つのも時間の問題で。


閉じた瞳の中で花火が咲いても俺たちはもう後戻りはできない。




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