Short story
ソツギョウ。
「卒業間近だからかカップルが多いね」
「ツナだってそのうちの1人じゃねーか」
「いや、俺なんて付き合ってるって言っていいのか…」
卒業式を一週間後に控えた並中は、寂しさを埋めようと明るく振る舞う生徒たちで少し独特な雰囲気に包まれていた。
「……さてはまだなんもしてねーのか?」
「な、なんもって何!?」
「そりゃあ…なぁ?」
「お!お!俺に振るんじゃねーよ!」
真っ赤な顔してわたわたするツナと獄寺を面白そうに笑うのは山本武。
その妙な余裕っぷりにツナの超直感がすぐさま反応した。
「………もしかして、山本ってもう…?」
「ん?」
何も、言わなかった。
だがそれは無言の肯定というやつで。
照れもせず、何故か黒爽やかな笑顔で返してきた山本に向かってふたりは今日一番の大声をあげる。
「「…………………………えぇ!?」」
「いつ!?え!うそ!?」
「お前彼女なんていなかったじゃねーかよ!」
「ははははー」
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先輩は二つ上で小学校からの知り合いだった。
小学生の時はよく遊んでもらったりしてたんだけど、先輩が中学に上がったのを機にそれもなくなって、道ですれ違うこともなくなって。
だから驚いたんだ。
久しぶりに見た先輩は俺の記憶に残っているよりも大人だった。
一緒に泥だらけになって遊んでた先輩は、大きな口を開けて目に涙なんかを浮かべながら笑ってた先輩は、もうどこにもいなかった。
「武くん?」
「あ、ななし…先輩?」
「武くんおっきくなったね〜!武くんに先輩なんて呼ばれるのなんか変な感じ」
「呼び捨てにしていいんすか?」
「こら、ちゃんと敬いなさい」
女らしい喋り方。笑い方だって大人っぽくて、ひとつひとつの仕草がやけに目に焼き付いて離れなかったんだ。
同じくらいの身長だった先輩は、いつの間にか俺よりも小さくなってたけど、中身が断然大人で身体ばっかデカくなって中身は先輩と遊んでた頃と何も変わってない俺は、なんだか置いてけぼりにされた気分だった。
「ちわーっす」
「お!野球少年!頑張ってるね〜」
「先輩、ババくさいっすよ」
「こらー!」
先輩は俺が生意気なこと言うと「こら」って頬っぺたを膨らませる。
全然怒ってるようには見えないし、怖くもなんともないけど、そのお茶目な表情の破壊力は半端じゃなかった。
滅多に会うことのできない学校生活の中、姿を見かけたら必ず挨拶をするようにだけはした。遠くからでも、声がかけられない時はお辞儀だけでも。
先輩も俺に気付くと遠くから手を振ってくれる。
俺たちだけの秘密のやりとりみたいで、すっげえドキドキした。
「先輩!」
「あ、武くん」
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
「高校進学できてよかったっすね」
「こら」
「いてっ」
生意気なことをいう俺を、卒業証書の入った筒で小突く先輩の瞳は濡れていた。
もう会えないかもしれない。
校内ですれ違うこともないし、高校生になった先輩に相手にしてもらえるとは思えない。
だけど、そもそもなんて言ったらいいかなんて知らねーし、俺はただただこの並中から先輩が卒業してしまうことが寂しかった。
「先輩、その花くださいよ」
「これ?」
「ボタン千切るのは男がするもんだし」
「ボタンのかわりか!こんなんでよければ!はい、どうぞ!」
卒業生の胸元に付けられる桃色の造花。
個別に名前なんか書いてあるわけじゃなくて、先輩の物だった時間は卒業式の間だけ。
だけど今、先輩の心臓に一番近いのはその花だったから、俺はそれをもらった。
「山本せんぱーい!」
「うーっす」
「キャー!」
学年が上がり、俺たちにも後輩ができて。
俺も人から先輩と呼ばれるようになって思うのは、こうやって先輩先輩と近寄ってくるような子は可愛いってこと。
部活の後輩ももちろんだし、なんかよく分かんねーけど名前も知らない女の子たちからもこうやって挨拶をしてもらう。
そして同時に思うんだ。
俺が可愛がってもらってたのは後輩だったからなんだろうなって。
先輩とは家は近所のはずなのに面白いくらい会うことがない。いや、去年の1年間が特殊だったんだ。2年前まではこれが普通だったし、きっとこれからもこれが普通なんだろう。
かといって会いたいのかと聞かれたら答えは微妙だった。俺の記憶の中の先輩は、卒業式の日で止まってる。それが一番最後の記憶でいいんじゃねぇのかなって思うんだ。綺麗なままで、楽しかったままで、いいんだと思う。
中学2年の冬
「…先輩?」
「ッ、武くん?」
「どうしたんすか、こんなとこで」
昔よく遊んだ公園に先輩の姿を見つけた。
雪が降ってもおかしくないぐらい寒い日だった。先輩の鼻先は赤くなってしまっていたし、一体どれくらいここにいたのだろう。
公園で遊ぶ子供たちももうとっくに家に帰ってる時間だった。
「家、帰らないんすか?」
「……泊まってくるって言って、出てきたんだけど」
言葉を濁した先輩の言おうとしてたことはなんとなくわかった。
この寒いのに片方の手袋は付けていなくて、携帯電話を握ってる。
俺じゃない、別の誰かをここでずっと待ってたんだ。
「来るんすか?その人」
ふるふると首を横に振る先輩は、今にも泣き出しそうだった。
卒業式の日は泣いた後の先輩が可愛くてしょうがなかったけど、誰か知らない男に泣かされてる先輩には無性に腹が立った。俺がこなかったらここで1人で泣いてたってのかよ。俺が怒るようなことじゃないんだけど、先輩にも先輩が待ってる奴ってのにも腹が立って、先輩の手首を無理やり掴んで公園を出た。
「武くん!?」
「家、帰りづらいんすよね?」
「…う、うん」
「今日親父、町内会の忘年会で帰り遅えし、どーせ酔って帰ってきてすぐ寝るから。」
「え、え?」
「うちきなよ、先輩」
うちにくる?とは聞かなかった。
もう足は俺ん家に向かってるし、先輩だって戸惑ってはいるみたいだけど手を振りほどこうとなんてしない。
先輩からの選択肢を奪ったずるい聞き方をした自覚はあった。
戸惑いと寂しさに揺れる先輩につけ込んだ俺を最低だと笑えばいい。
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あれっきり先輩とは会ってない。
その後待ってた人とどうなったのかも知らねぇし、聞きたくもないけど。
「武くん、ごめん」
泣きながらそう言った先輩の顔は、いつまでも忘れられないと思う。
謝らなきゃいけないのは、先輩を泣かせてるのは俺の方だっていうのに、やっぱり先輩は俺なんかよりもずっと大人だった。
来週行われる卒業式で俺たちは並中を卒業する。
卒業式当日に配られる桃色の造花と心臓に一番近い位置のボタンは、2年前に先輩からもらったあの花と一緒に並盛を流れる川にでも流そう。
ようやく俺は、彼女からソツギョウする。
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