Short story
幸福の庭にて
「お、おまっ、それどおしたぁ!?!?」
「それってどれ??あぁ、髪?邪魔だから切っちゃった」
なんとでもないという風なエミの態度にスクアーロはふるふると震えている。
彼女の少しウエーブがかかった髪の毛を弄ぶのが好きだったスクアーロ。
それよりも遠い昔に誓ったあの日から共に髪を伸ばしてきたんじゃなかったのか。そんな裏切られたような気持ちがスクアーロを直撃して、なかなかの精神的ダメージを生む。
「別に私は髪の毛に何かを誓ってもいないし、これまでも傷んでる所は切ったりしながら伸ばしてたの」
「切ってたのかぁ!?」
「当たり前じゃない!ずーっと切らずにいるのにスクアーロはなんでそんなにサラサラなのか今でも理解できない!」
つまり、誓いを立てて髪を切らないとしていたのはスクアーロだけであり、エミはなんとなくそれに付き合い髪の毛を伸ばしていただけだった。
「この子の目や口に入ったら危ないし、もう少し大きくなったら引っ張られたり食べられたりするんだろうから切っちゃったの」
「それもそうかぁ」
この子、と腕の中の新生児に目を向けるエミはまさしく母親の顔。
彼女の腕の中にはすやすやと眠る赤ん坊がいる。生まれたばかりの彼女のためを思っての行動なら、スクアーロもこれ以上駄々はこねられない。
「そしたら俺も切った方がいいのかぁ?」
「あなたはいいよ。大きくなったこの子の遊び道具としてしっかり手入れしといてくれたら」
「う"ぉおおい!俺の髪で遊ばせようとしてんなぁ!?」
「しーっ!起きちゃう起きちゃう!」
ギョッとしてエミの腕の中を見つめるスクアーロは戸惑っていた。
生まれたばかりの小猿のような生き物。
よく寝てよく泣いて。
どこもかしこも小さくて柔らかいこの赤ん坊が、大きくなって歩いたり喋ったりするなんて今はまだ信じられない。自分にもこんな瞬間があって生きていくことのすべてを母親に手伝ってもらっていた時間がある。ひとりで勝手にでかくなったような気持ちでいたが、そうじゃないことを知るのは随分と大きくなってからだった。
起きる気配のない赤ん坊をそーっとベッドへと移し、漸くスクアーロの隣へとやってきたエミ。
肩につかないくらいの短さまで切り揃えられた髪は、どこか既視感がある。
「…エリの奴にそっくりだなぁ」
「そう??スクアーロもポニーテールをすれば父様そっくりよ」
「誰がするかぁ!」
「いいじゃない、剣帝は代々ポニーテールっていう風習だと思えば」
「んな、風習あってたまるか!」
ふたりの歳も、生きていた頃のテュールとエリの歳と同じくらいになった。もう2、3年で追い越してしまう。
親の歳を追い越すというのはなかなか不思議なものである。
「ねぇ、スクアーロ!やっぱり今日はポニーテールにしよう!」
どこからともなく櫛と髪ゴムを持ってきたエミはすでにやる気だ。
普段聞き分けがいいぶん、やると決めたことは確実に遂行する頑固な所もある。
ジリジリと詰め寄ってくるエミの軽くなってしまった後頭部に手を差し入れ引き寄せちゅっと軽い口づけを交わす。
最近は生まれたばかりの我が子にかかりっきりでスクアーロに構ってあげられなかったエミも、抵抗なんてすることもなく大人しくスクアーロの腕の中に収まる。
孕り少し柔らかくなった身体の抱き心地がたまらない。甘い匂いをさせるエミはスクアーロの頭をポンポンと叩いてやる。
子供扱いするなと言ってやりたいスクアーロだったが、母親になったエミからの子供扱いは妙に心地いい。
エミはこれから小さな小さな赤ん坊と、大きな子供のふたりの面倒を見ていかなければならないらしい。
短くなった髪をかき混ぜながらのキスも悪くはないかもしれない。
「さ、スクアーロ髪の毛やるよ」
「今いいとこだろ」
「何がいいのよ。後ろ向いて」
「くそっ」
母親になってからのエミは強い。
鼻歌を歌いながらスクアーロの髪を弄び始めたエミもやはりスクアーロとスキンシップが取りたかったのかもしれない。
好きなようにやらせようと諦めて瞳を閉じたスクアーロの口元は笑ってる。
幸福の庭にて
「よし、できた〜」
「う"ぉおおい!三つ編みになってんじゃねぇか!!」
「完成した時にスクアーロ寝てたから暇でね。これ濡らしてドライヤー当てたらパーマになるよ」
「やらねぇぞお!?」
ザンザスの為に伸ばした髪と
エミの為に伸ばした前髪。これからは我が子の遊び道具のひとつとして
一際丁寧に手入れをするのも悪くはない。
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