Short story
屋上ダイブ
「陽子!!武が屋上から落ちたって!」
『え!?え…は?ちょ、ちょっと行ってくる!』
「あ、ちょっと…!」
混乱したあたしは、とにかく自分の目で確かめずにはいられなくて家を飛び出した。
病院に行く前に一応寄ってみた竹寿司はいつもとなんら変わりがなく、のれんも明かりもついたままだった。
おじさんってばこんな時まで営業しなくたっていいのに…!
『ちょっと、おじさん!?』
「なんでい!陽子じゃねぇか。武の奴なら部屋で寝てるぜ」
『寝てるって…まさか!』
「おうよ。最近野球うまくいってなかったらしくてな…。疲れちまったんだろうな…」
『そんな…っ!』
「おい陽子!」
息子が死んだっていうのに何呑気にしてんのよ、おじさんの馬鹿!
たけの部屋へ続く階段を一気にかけ上がり、静かに襖を開ける。
部屋の真ん中にたけは寝ていて、そっと近づけばまるで寝ているように安心しきった顔をしていた。
なんで飛び降りなんて馬鹿なこと…。
あのたけが野球でスランプなんて今までなくて…、相当辛かったのかな。
擦り傷がある頬を撫でてみた。死んじゃった人ってやっぱり冷た………。え、温かいんだけど…。
『……。起きろこら!』
「…ん゛ー」
起きた…。
お母さん、山本武生きてるよ。確かに死んだなんて言われてないけれど、普通学校の屋上から落ちたら死ぬよね?よくて複雑骨折でしょ違うの!?おじさんだってなんか悩んだ末の飛び降り自殺だったみたいな雰囲気出したよね!?
さっきまでの心配とか悲しい気持ちとか全部返して。
「あれ陽子なんだか久しぶりなのな」
『…まぁね。どっかの誰かさんが死んだと思って飛んできたの』
「ははっ!俺も流石にやべぇなって思ったなあれは」
『普通死ぬんだよ!屋上から落ちたら!』
学校でいろいろうまくいかなくて、弱音もはきそうになったけどたけだって野球でうまくいかなくて悩んでたんだ。あたし自分のことばっかりでたけの異変に気付いてあげられなかった…。
骨折は屋上から落ちた時のものではなく練習のしすぎでなったものだった。
いつもそう。
たけはなんでも人並み以上にできちゃう天才肌タイプだけど、努力だって人並み以上にしている。
できるようになる分周りの期待も大きくなって、笑顔の裏でいつも努力を惜しまない。
あたしもこんなことでへこたれてたらだめだ。
「そしたらツナって奴がパンツ一丁で助けてくれたんだぜ」
『その人露出狂…?』
「ダメツナって言われてんだけどさ、俺の命の恩人だな」
誰とでもなかよくなれるたけが、ダメダメなクラスメートと友達になったことを嬉しそうに話すのが、なんだかおかしかった。
パンツ一丁のダメツナ
会ってみたいなぁ。
▽
▽
▽
「陽子ー!」
『あ、ツナ〜』
3年後、ツナはあたしにとってもかけがえのない友達のひとりになった。
あの時たけを助けてくれて、
あたしに広い考え方を教えてくれて、
ありがとう。
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