Short story
空に向かって
「母ちゃん!今日はヒット3本だった!」
『あのね!たけの打つ球速くてみんな追いつかないの!』
「ビュンッ!!だよな」
『ビュンッ!!だね』
「ビュンッ!!なの?カキーンは?」
何かある度にここを訪れてはふたりして効果音付きで説明した。そりゃもう何から何まで。
野球の練習試合で活躍したことも、活躍できなかったことも、学校であった楽しいことも、テストの点数も。
実際に見せてあげることができない代わりに、できる限りを話す俺たちの話を、母ちゃんはいつも楽しそうに聞いてくれた。
「今度隣町のチームと試合すんだぜ」
「じゃあ次こそカキーンとホームランだね」
『そうだよ!たけ、カキーンだよ』
「打ってみたいなー!ホームラン」
母ちゃんは野球が好きで、俺が野球をやり始めた頃は毎週見に来てくれたんだ。今は具合が悪いっつって入院中だけど、「早く元気になって、また武の野球してる姿がみたい」が口癖だ。
俺も楽しみにしてくれる母ちゃんの為にいっぱい練習して、最近やっとフェンスの向こう側まで飛ばせるようになった。あとは試合でできるかどうか。
隣町の病院まではちょっと遠いけど、土手をずっと走るのもトレーニングだって付いてきてくれる陽子もいるから、退屈しない。こいつ俺のマネージャーなんだよ!
『おばちゃん元気そうだったね』
「おう!毎日楽しい話いっぱいしてるからな〜」
帰りはてくてく歩いて帰るのも日課。いつも思うけど陽子って俺と同じペースで走るんだぜ。もしかしたらかけっこ俺より早いかも!野球チームにスカウトしたいくらいだもんな。
カキーン!
『やったー!!!!』
土曜日は一日中練習でお袋に会いに行けなかったけど、明日の試合でホームラン打ってお袋に話して聞かせてやるんだと意気込んで練習に励んだんだっけな。
初めて打ったホームランは、空に向かって一直線に進んで行った。まるでお袋が空から応援してくれてるみたいで、ボールがお袋まで飛んで行ったような気がした。
『−け!たけってば!!』
「ん?なんだ?」
『なんだ?じゃないでしょ。さっきから呼んでんだから返事してよね』
「わりぃわりぃ」
『お詫びにホームランで許してやるか!』
「うっしゃ!「うっしゃ!カキーンといってくるぜ」
あの日、陽子と初めてのホームランボールを必死に探した。やっと見つけたのは夕方でボールを握りしめたまま病院まで走った俺たちだったけど間に合わなかったんだ。
お袋は本当に空から応援してくれてたらしい。それじゃ俺が話さなくても知ってるよな。あの日は野球を初めて一番嬉しかった日で、人生で一番泣いた日だと思う。いつもの土手を陽子と手を繋ぎながらわんわん泣いて家まで帰った。家には病院に残った親父の代わりに陽子の母ちゃんがいて、泣きながらホームラン打ったことを話したんだっけな。あの日から俺には母親が二人いる。いつも側にいてくれるおばちゃんと、いつも空から見守ってくれてるお袋が。
空に向かってホームラン
お袋、今日も打ってやるからな!
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