アンノウンの恋生


「何してるの?」
「あ?」

 ヒィッと小さな悲鳴をあげると、わたしを威嚇した人物は大きな舌打ちをしながら立ち上がった。
 同じクラスの場地圭介くん。本当は一つ上の学年らしい彼は二度目の一年生をやっていて、今年入学したわたしと同じクラスになった。クラスでの場地くんは分厚い眼鏡と貼り付けたようなビジっとした一本結び。クラスの誰とも連まず、勉強机に齧り付いていた。
 部活の帰り道、公園の脇道にしゃがみ込むクラスメイトを見つけたら声をかけるのが普通だろう。そう思って声をかけたらとても睨まれた…気がする。眼鏡の奥はわからない。

「オマエ…誰?」
「えっ…」
「えっ」
「同じクラスの…ミョウジナマエです…」

 自己紹介をしたわたしに場地くんはしばし固まった後、あぁ水やり係の、と零した。クラスメイトのこと、委員会や係の名前で覚えてるのかな。

「何してるの?」
「あ? 関係ねぇだろすっこんでろ」
「口悪っ」

 場地くんがしゃがんでいた場所に同じようにしゃがんでみた。蟻の行列がいるわけでもないし、捨て猫がいるわけでもない。一体こんなところで何をしているんだろう。

「小銭でも落とした?」
「…違ぇけど、」
「…落とし物はしたんだ」

 場地くんは何か落とし物をしてしまったらしい。

「一緒に探してあげようか?」
「はぁ? いいわ、さっさと帰れよ暗くなんぞ」
「暗くなったら落とし物はもっと見つけにくくなるね?」

 二人で探した方が早いよ? と見上げて訴える。場地くんは顎に手を当ててしばらく考え込んだ後、ドカッと隣にしゃがみ込んだ。

「オマエ頭いいな!」

 ニカッと笑った場地くんの口元から八重歯が覗いていた。見た目に似合わず豪快に笑う人だなぁと思った。

 場地くんの落とし物は交通安全のお守りらしい。とても大切なもののようで毎日持ち歩いているのだそうだ。武蔵神社と書かれたお守りを今日の放課後、たった一人でずっと探していたんだって。
場地くんは落とすなら絶対にこの辺なんだと、確信を持っているみたい。

「この公園で遊んだの?」
「えっ」
「え?」

 聞いたわたしが驚いてしまうくらい場地くんは動揺してみせた。公園って遊ぶところでしょ? そう首を傾げたわたしに、「ガキと一緒にすんな」と乱暴な言葉を吐いてくる。
 たった一つしか違わないのに、子供扱いしてくる場地くん。同じ学年なんだからほぼ一緒じゃん。ツンケンしている場地くんにムカついていたのか、自然と口がへの字になっていた。

「んむっ」
「口とんがらすなよ」
「え、待って。場地くん手! 汚いまま触らないでよ! 信じらんない!」
「あ、わりーわりー」
「全然悪いと思ってなさそう!」

 場地くんはあろうことか尖らせた口を摘んできたのだ。汚い手で。さっきから地べたを触っている手で。信じられない男だ。
 カーディガンの裾で口元をゴシゴシと拭く。土、ついてないよね? もうほんと信じられない。男子って最低。

「あっち探すから場地くんそっち行って!」
「何カリカリしてんだよ」
「してない!」

 場地くんの隣にいると調子が狂う。凄んできたり、笑ったり、揶揄ってきたり。教室の中でいつも教科書と睨めっこしてる場地くんからは想像もできないくらい、表情豊かだった。なんでわたし、よく知りもしない男子の落とし物を一緒に探してあげてるんだろう。
 あたりは陽が沈み始めて、濃いオレンジ色に包まれる。子供もいない公園で、地面ばかりを見るわたし達は可笑しな子たちだと思われるのかな。ブランコが秋の風に少しだけ揺らされている。

「あったー!!!!」

 場地くん! あった! 揺れるブランコのすぐ側にお守りが落ちていた。見つけたお守りを持って場地くんの元に駆け寄ったわたしは、見つけた喜びで場地くんに飛びついた。場地くんはそんな突拍子もないことをしたわたしをしっかりと受け止めてくれただけではなく、ぐるぐると回ってみせた。

「キャーッ」
「耳元で叫ぶな!」

 まるで小さな子供と父親のようにくるくると回ったわたし達は、どちらからともなく離れて制服が汚れるのも気にせず地面に座り込んだ。はい、とお守りを渡せば場地くんはそれを大事そうに握りしめた。とても大切なものが見つかってわたしも嬉しい。場地くんのいろんな面が知れた気がしたのも嬉しいポイントだった。

「ああちぃな」

 最後に騒いだからわたしも暑い。手で顔を仰いでいると暑い暑いと言いながら場地くんが髪の毛を解き、眼鏡を取った。

「…なに見惚れてんだよ」
「えっ、そんそ、なことないし」
「マジじゃねーかよ」
 わたしがうまく言葉を出せずにいるとブレザーのボタンを外し、ネクタイを緩め終わった場地くんに笑われた。

「ありがとな。ナマエのおかげで死なずにすんだわ」
「大袈裟な」
「いや、ほんとに」

 場地くんはお守りを見つめながらニコニコしていて、きっと素敵な思い出が詰まっているお守りなんだろうななんて、また見惚れてしまう。なんだか悔しい。嬉しそうな場地くんから目が離せない。

「オマエまた口尖らせてんじゃん、癖なのかよ」

 再び伸びてきた手にギョッとして顔を覆う。だからわたし達の手は今砂で汚れてるんだよ。しばらく顔をガードしていても何もされなかったのでそろりと外す。場地くんは伸ばした手をどうしたらいいのかわからなかったようで、変な格好で固まっていた。おかしくて笑っているとムッとした顔をした場地くんが近づいてくる。

「オマエ、なんかムカつく」
「んむっ」

 八重歯がチラリと見えた気がした。その瞬間目の前が場地くんでいっぱいになって唇に柔らかい感触。

「やめっ」
「うるせぇ」

 後頭部に両腕が絡み付いてきて頭を抱き抱えられる。頭が固定されてしまって動くことができなかった。その一瞬がとてつもなく長く感じた。

「…なんでキスすんの」
「あぁ? オマエが汚ねえ手で触んなって言ったんだろぉーが」
「人を黙らせるときに物理なのやめた方がいいと思う」
「女は殴れねぇだろ」

 同じクラスの場地圭介くんが、暴走族の隊長さんだと知るまでもう少し。



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