見えないものを愛したい


「春ちゃんお弁当箱ー」
「んー」
「んーじゃないの! 出して!」

 顔をまんじゅうみたいに膨らませて手のひらを突き出してくるのは、美味い弁当を作ってくれたナマエ。仕事柄夜に活動することも多いし、会食に出ることも多い。いつ飯を食えるか分からない日もあるからナマエの手作り弁当を食えるのは月に一度あるかないかだ。
 一日オフィスにこもって事務処理をこなす日。肩が凝るつまらない一日だったのに、ナマエのお陰でこんな日も悪くねぇなと思えるようになった。

「ごちそーさん」
「お粗末さまでした」

 ナマエのよりデカい弁当箱はナマエが俺用にとわざわざ買ってきたやつだ。俺の分も弁当を作る日のナマエはちょっと嬉しそうでかわいい。

「そういえば今日の弁当にヘンテコなミニハンバーグあったぞ」

 丸いミニハンバーグが二つ、そして歪な形のハンバーグが一つ。割れたわけではなさそうなそのハンバーグ、もちろん味は文句なしに美味かった。ただ形が気になってナマエに聞く。

「ヘンテコだった?」
「ヘン…テコ、だった」

 俺は何かまずいことでも言ったか。ナマエの顔が見るからにしょんぼりしているのが分かる。ちょっと前に流行ったあのぴえんだかくすんだかの顔文字に似てやがる。そこらへんの嬢がやると憎たらしくてしょうがねぇのに、ナマエがこういう顔になるとなんかこう…撫でくりまわしてやりたくなる。

「あれミッキーなの」
「ミッキー」
「ミッキーマウス」

 ハンバーグの形を思い出して、それをぐるっと回転させてみてようやく分かった。あのネズミ、耳を下にして弁当の中入りやがって。分かんねーわ! 入れたのはまぁナマエだが、ハンバーグをミッキーにするこだわり見せるくせに詰める時雑かよ。

「あー…どうりで? 夢の国の味がすんなーと思ってたんだよなー」
「もうやんない」
「やれよ」
「やんないもん!」

 拗ねてしまったナマエは今日の夕飯作りに取り掛かる。
 朝は一緒に家を出た。同じくらいの時間に帰ってきて大きさの違う弁当箱を洗い、同じ時間に飯を食う。多くの家族ができることを俺は月に一度くらいしかしてやれない。それでもナマエは文句一つ言わないし、仕事のことに口を出してこない。それは俺にも言えることで、ナマエにはナマエの生活があって、ナマエの働く場所がある。職場では俺の知らない顔をするナマエがいて、俺の知り得ない仕事をこなすのだろう。

 ナマエの全部を知りたいと思うし、俺の全部を見せたいと思うけど、全部を知ったらきっと飽きるんだ。だからナマエを縛り付けることはしないしナマエから普通の生活を奪うようなことはしない。

「また頼むわ」
「日の丸弁当にしてやろ」
「やめろ」


◆◇◆


 今日はお互いの休みが珍しくかぶったからランチを食べに出てそのままぶらぶらとショッピング。途中カフェで休憩をして帰りは一駅分歩いて帰ってきた。この絵に描いたような充実ぶり、明日九井にでも自慢してやりてぇくらいだ。
 帰ってきてからのナマエは明日からの仕事に向けてテキパキと家事をこなす。

「何作んの?」
「ハンバーグ!」

 捏ねられる肉を見つめていた俺をニヤニヤした顔で盗み見ていたナマエが「はい」と元気よくボウルを渡してきた。

「わたし他のもの作るから春ちゃんハンバーグの形にしてくれる?」

 なんで俺が? と思ったけど口に出すのはやめておいた。俺も食べるもんだしな。ナマエが俺のことを春ちゃんと呼ぶときは、なんかまぁ、甘えたい時とかお願い事をしたい時とかだ。

「好きな大きさにしていいよ。わたしはこれくらいね」

 これくらい、と手で丸を作ってみせたナマエはそのまま冷蔵庫を開けて本当に他の作業に移ってしまった。
 ペタペタペタペタ、一体何を見て覚えたのかハンバーグを作るときの動作はこんな俺でも分かるもんだな。左右の手から手に叩きつける肉はだんだんとそれらしい形になっていく。ちょっと大きめにしてみたのは俺の冒険心。ナマエの小さな手じゃ作れない欲張りな大きさのハンバーグが一つ出来上がった。

「ナマエ、こんくらい?」
「うん。余ったやつは小さくしてお弁当用にする」

 お弁当用という言葉にある日を思い出した。ナマエがミッキーだと言ったあのハンバーグ。ただでさえ弁当用の小さいハンバーグだったのにそれに一生懸命耳をつけるナマエを想像すると面白い。まぁそれをヘンテコと言い切ったのは俺だけど。
 ふと俺も何かの形にしようと思い立ってペタペタと肉をまとめながら考える。ミッキーは耳がめんどくせえ。星…も上手くいかねぇだろうな。他に思い当たるものもなく無難なまん丸にしてみたところで面白みもねぇ。

「…………」

 隣で野菜を切るナマエを盗み見る。こっちが何をやっているのかはあまり気になっていないようだ。俺がいうのもなんだけどもう少し俺が変なことやらないか見張っててもいいと思う。少し前の俺はカップ麺にお湯入れるくらいしかできなかったんだから。

「俺が最後まで作ってやるよ」
「ほんと? じゃあ油ひいて焦げ目がつくくらいまで片面焼いてね」

 サラダ油を渡されて「いーち」くらいというなんともアバウトな分量を言葉で伝えられた俺は見よう見まねでフライパンに油を入れた。火をかけて自分用の少し大きめなハンバーグとナマエ用のハンバーグを焼く。
 ナマエのハンバーグは他に思いつかなかったからハート型にしてやった。丸の一角を少し窪ませてケツをシャープにしてやればどっからどうみてもハートだ。ナマエのミッキーより大きい分上手くできてるかもしれない。
早くナマエに見せたいのに完成するまで見せたくない。もしかしたらナマエもあの弁当を作っているときそんな感じだったんだろうか。

「ナマエ、焼き目ついた」
「ひっくり返してからコレ入れて」

 渡されたザルにはしめじとマッシュルーム、ブロッコリーが見える。これを? と思うが料理のことはよく分かんねえし、同じ皿に盛り付ける野菜なんだろう。
 ナマエのハンバーグが崩れないように避けながらきのこ達を入れたから、なんだか俺のハンバーグの周りが窮屈になっちまった。

「きのこがしんなりしたらこれ入れてね」

 ナマエがコレと渡してきたのはデミグラスソース。流石の俺もいつものハンバーグじゃないことに気がついて首を捻る。

「今日は煮込みハンバーグにするの」
「煮込むのかよ」
「洋食屋さんみたいでしょ? お米もバターライスにしたからお子様ランチみたいに盛り付けようね」

 ソースを入れて蓋をした。きっとこの煮込みハンバーグは俺が作ったわりには美味いに違いない。味付けは全部ナマエだし俺は言われた通りにフライパンに入れてっただけだ。
 ソースに隠れてしまったハート型のハンバーグは、果たして気づかれるだろうか。気づかれなくてもいっか。どうせキャラじゃないと揶揄われるのがオチだ。

「ナマエー今日のハンバーグはきっととびっきり美味いぞ」
「春千夜が作ったから?」

 そう、俺が──を込めて作ったから。



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