星降る夜のおまじない


『今から行くから』
『うん。待ってるね』

 深夜、千冬からそんな連絡が入る。わたしは普段夜中に出歩くような子供ではないけれど今日だけは特別。
 ふたご座流星群を見に行くためにこんな時間から出かけることに親はあまりいい顔をしなかったけど、どうしても行きたいのだと駄々をこねてやっと許してもらった。

『めっちゃ寒いからスウェット二枚重ねな』
『二枚も持ってないよ』
『……じゃー俺の貸す。マフラーと手袋もな』

 連絡が途絶えたのを確認して急いでクローゼットを開けた。千冬と会うのにスウェット姿なのはちょっと納得できないけどあれだけ言われちゃったらしょうがない。パジャマ用にと仕舞い込んでいたスウェットを引っ張り出す。
 バイクってとっても寒いらしい。そう聞いたことがあって今年まだ出番のないダウンに手をかける。スウェットにダウン、手袋にマフラーをつければ雪だるまみたいに丸いシルエットの完成だ。
 全て着込んでしばらくするとバイクの音が聞こえてくる。その音が家の近くで止まり、しばらくすると携帯がメッセージの受信を知らせる音が鳴った。
 『ついた』一言だけのメッセージにも頬が緩んでしまう。

「迎えにきてくれてありがとう」
「おう」

 千冬の鼻の頭が少し赤くてトナカイみたいでかわいい。かわいいなんて言ったら千冬はきっと怒っちゃうから内緒にしておこう。
 渡されたスウェットを自分のスウェットの上から重ね着する。わたしのスウェットの色がグレー、千冬が貸してくれたものが紺色。
 わたしと千冬はあまり身長が変わらないからてっきりサイズも同じくらいだと思っていた。それがどうだろう。彼が貸してくれたスウェットはずり落ちそうに大きく途端に恥ずかしくなってしまった。

「ぶかぶかだ」
「うわ、マジだ。ちょっと来て」

 千冬の手が腰に伸びる。「え、なに」「じっとしろって」千冬はスウェットの中にあった紐を掴んでキュッキュッとウエストを絞ってくれた。
 マフラーも風で解けてしまわないように結び直されてダウンのジッパーも閉められる。何にも可愛くないもこもこのだるまの完成だけど千冬は何故か満足そうに笑った。

「バイク乗るの初めて」
「ふーん。」
「ふーん、て」

 知ってるくせに、と千冬を睨むがヘルメットの準備に忙しい千冬はわたしの視線には気づかないようだった。
バイクってくっつくんだよね。振り落とされないように抱き付いてないといけないんだよね。抱きついて、いいの? 確認したいのに千冬にそんなこと今更聞けない。
 大きなバイクによじのぼり座り慣れないながらに腰を落ち着かせる。目の前にある千冬の腰のあたりのダウンを掴んでみた。これ以上わたしからくっつくなんて無理すぎる。

「もっと近づいて」
「こう?」
「違う、こう」

 手を引かれわたし達の距離はゼロになった。身を寄せる千冬の背中は優しいぬくもりを感じる頼もしい背中だった。せっかくだから思いっきり抱きついちゃえ! と腕の力を強めてみる。怒られないのをいいことに千冬の背中に隠れて笑った。





「うわ、さっむ」
「だからさみぃって言っただろ」
「でも空に星がたくさん!」

 都心から離れた場所までやってきたわたし達は広場のような所で二人して空を見上げていた。東京の空はいつでも明るくて星なんて数えるほどしか見えない。本当は空にはこんなにも星があって、ひとつひとつが輝いている。
 見えないものを見ようとして望遠鏡を覗く歌があったなぁ、千冬が隣でそんなことを言う。あの歌はたしか最後まで手が繋がれることはなかったんじゃなかったかな。

「流れ星が見えなくてもこれだけの星が見えたなら大満足かも」
「は? 何言ってんの。流れ星見て、三回願い事唱えるに決まってんだろ」
「千冬ってロマンチストだよね」

 くつくつと笑うわたしの肩が千冬に触れる。寒いからかな。学校にいるときよりも近い距離に寒さを忘れてしまうくらいドキドキする。

「「あっ」」

 声が合わさって、顔を見合わせて、手を取り合ってぴょんぴょんと飛び跳ねて、笑い合った。

「流れ星ー!」
「見えたな」
「見えたね」

 ピークを迎えた流星群はわたし達に降り注ぐように踊り始めた。一つ、二つと走り抜ける流れ星を見つけるたびに「あ」と声を上げては空を指差して笑った。
 首が痛いから寝っ転がろうと言い出した千冬に習って背中を地面につけて寝転んだ。下ろし立てのダウンが汚れてしまうことなんてちっとも気にならない。

「願い事言えた?」
「あ、忘れてたわ」
「ダメじゃん」

 世間はわたし達くらいの年齢を"箸が転がってもおかしい年頃"なんて呼ぶけど、今まさにわたし達はなんでも面白くて笑い転げてしまう。
 それは夜空があまりにも綺麗だからなのか、それとも隣に千冬がいるからなのか。
 次流れたら言うから、と意気込んで空を見つめ直した千冬。
 わたしの願い事はきっと探せば色々あるんだろうけれど、今ここで、千冬の隣で叶えたい願い事って思い付かない。高望みをすれば、夢のような次元の願い事でもいいのなら早口で三回唱えてみてもいいのかな。

「ッし!」
「えっ言えたの?」
「一瞬すぎて三回は無理だ」

 千冬は悔しがるそぶりも見せずに上半身を起き上がらせると、大きく息を吸ってから吐き出した。千冬の口から出ていく息が白く空に登っていくのを眺めながら笑う。
 千冬のまあるい後頭部の先に一面の星空が広がっている。それを特等席で見上げることができるだけでわたしの願い事は叶ったようなものだ。これ以上を望んだらバチが当たって、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないから。

「願い事は流れ星じゃなくて自分で叶えることにするわ」
「ロマンチストはどこにいっちゃったんだか」
「なーナマエ」

 空を見上げていた千冬が寝転ぶわたしの顔を見つめて名前を呼ぶ。名前を呼ばれただけでドキリと高鳴る鼓動を誤魔化すように「なに?」と笑ってみせる。
 さっきまであんなにケラケラと笑い合っていたのに、千冬の顔に笑顔はない。


「ナマエが好き、ナマエが好き、ナマエが好き」


 千冬の意外と男らしい声で名前を呼ばれて好きと言われる。聞き間違いかと思ったけれどそれが三回も聞こえてきたら誰だって間違いではないことは分かる。

「俺の願い事叶いそ?」
「……なにそれ、」

 ずるいじゃん。声にならなかった恨み言は涙が溢れそうな瞳で千冬にぶつかるように念じてみる。
 両手で口元を隠したわたしに千冬はやっと少しだけ笑った。

「千冬の願い事って、」
「俺のカノジョになってよ、ナマエ」

 千冬越しに見える空に流れ星が一つ。今までのどの流れ星よりも長く走ったそれはまるでわたしの願い事を叶えてくれるために現れたようだった。

「わたしの願い事も聞いてくれる?」

 願いを唱えることさえも憚られるくらい、わたしにとっては大きな大きな願い事。それを心の中で唱えるのではなくて自分の口で発して、叶えるための行動に移す。

「千冬のカノジョになりたいです」
「ハハッ、ずりぃ」
「うわッ」

 千冬がずるずると覆いかぶさってきた重みに笑う。千冬の重さ、暖かさに心底安心してなんだか無性に泣きたくなった。

「……何泣いてんの」
「え、なんでだろ。嬉しくて?」
「そんな俺のこと好き?」

 ぐりぐりと頭を擦り付けてくる千冬の声は嬉しそうに弾んでいる。千冬が嬉しいとわたしも嬉しい。だからきっとこの涙は嬉し涙。

「千冬、だいすきだよ」
「俺の方が好きだわ」
「それはどうかな?」

 今度はどちらからともなく笑い合った。目尻の端に溜まった涙がこぼれ落ちたのを千冬の親指が拾っていく。

 東京ではなかなか見ることのできないたくさんの星に見守られながら、そっと唇を合わせる。

"ずっと一緒にいられますように"


キスの間にお願い事をゆっくり三回唱えてみた。



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