さよならの向こうで
待っていたものI


「寒すぎる」
「ナマエーあっためて」
「わかった」

 快諾して三ツ谷の首元に手を差し込んだら「バッ、カやろ冷てェわ!」と怒られた。今のは結構本気だったんじゃなかろうか。元ヤン出ちゃってますよと伝えればデコピンをくらう。
 寒い時って口から寒いとしか出てこなくなる。例に漏れず、私と三ツ谷は「寒い、寒い」と言いながら目的の場所へと足を進めた。

「おー、こっちこっち」

 ドラケンが私たちを見つけて片手を上げた。いつものメンツより少し大人数。普段はなかなか顔を出せない人も年末の忘年会だけは来たいようだった。いつも女子率の少ない飲み会だけれど、今日は女の子もいる。久しぶりに柚葉達とキャッキャしたくて私の足は"こっち"と呼んだドラケンを無視してそちらへ向かう。

「ナマエ」
「ん?」
「どこ行くの」

 さっきまでお互いの体温を分け合っていた手のひらは、店に入るのと同時にどちらからともなく離れた。その手がまた、三ツ谷によって繋がれる。これは掴まれると言った方が正しいような気もするけれど。

「女子チームに混ざろうかなって」
「ナマエって女の子だったんだ?」
「失礼だな」

 軽口を叩き合いながら引っ張られていった宅にはドラケンを始め、マイキー、場地、一虎、パーちんがいた。なんだこの東卍決起メンバーの集い。
 「詰めてー」と無理やり二人分の席を確保した三ツ谷はおしぼりと生ビールを二つ店員に注文して「生でいいよな?」と聞いてきた。
 ガサゴソと鞄の中を漁っていた私はその声に「んー」と何とも曖昧な返事をしながらお目当てのものを手繰り寄せて机の上に置く。

「えっ」
「ナマエ、タバコ始めたン?」
「ううん、三ツ谷の」

 今日は手ぶらで出てきた三ツ谷の代わりに、お財布とタバコを預かっていた。三ツ谷は年下の彼女と別れてすぐにとうもろこしの匂いのする加熱式のタバコをやめて、紙のタバコに戻したらしい。三ツ谷の爽やかな香りのする控えめな香水と紙タバコの香りが混ざり、途端に男くさい匂いに変わる。それがなんとも懐かしかった。

「お前ら出掛けてたの?」

 ドラケンがすかさず聞いてくる。この男、本当に最近私たちの仲について興味津々だな。マイキーの隣で場地がニヤりと笑って、マイキーに何やら耳打ちをした。そんな幼馴染達の様子を見て、バレてるなーと私も笑った。マイキーがこちらを向いてとても穏やかに笑うから、久しぶりに幼馴染三人で話したくなった。いつも途中で寝てしまうマイキー。今日は彼が寝る前に傍に行って、昔のように名前を呼び合ってお話ししよう。

「双悪行って年越しラーメンしてきたの」
「あぁ、俺らも昼行ったワ」

 そんな話をしている間に生ビールがやってくる。
マイキーがジョッキを片手に立ち上がり、なんとなくだが年代別に分かれているテーブルをぐるりと見渡す。そして、かつてのようにいきいきとした顔で笑う。

「今日で今年も終わる! 今年最後に三ツ谷、なんか言うことあるよなぁ!?」
「は!?」

 ぷすぷすと笑っているのは私と場地だけ。他のメンツは頭にハテナを浮かべながら名指しされた三ツ谷を見つめている。ドラケンの低くてよく通る声が「は、マジ?」と困惑と喜びが混ざったような声を上げた。
 急に注目された三ツ谷は、は、とか、え、とか言葉にならない単語ばかりを並べてわたわたとしている。彼の珍しい姿と幼馴染達のイタズラに笑いが止まらない。

「三ツ谷ー早くー」

 マイキーがジョッキを掲げたまま三ツ谷の名を呼ぶ。頭をガシガシと掻きむしった三ツ谷は勢いよく立ち上がった。
 三ツ谷が立つ瞬間に私の腕も一緒に持ち上げたので私まで勢いよく立ち上がることになる。予想外の展開に今度は私が慌てる番だった。
 大人達が集まる飲み会で、こんな風に男女が二人注目されればこれからの展開は読めるだろう。まだ何も言葉を発していないのにどこからともなく口笛が鳴った。一個下の代が固まるテーブルから「タカちゃん!? ナマエちゃん!?」と八戒が叫んだのが聞こえて、三ツ谷は諦めたように笑った。

「ま、そういうことだから」
「どういう事だよー!」
「ハッキリ言えよー!」

 今からこんなに盛り上がっていて、今日の飲み会は大丈夫なんだろうか。自分も注目を浴びているはずなのに、ふとそんなことを考えてしまう。あとで柚葉には問い詰められるなぁ。ぼーっとしている私の頬に暖かくなった三ツ谷の手が添えられるのと同時に唇に柔らかい感触。

「ちょッ、……!」
「ナマエは俺の"ヨメ"なんで。お前ら手出したらブッ殺す」

 ヒナと武道のキャーという乙女な悲鳴が、男達のバカ笑いと手を叩く音にかき消される。

「かんぱーい!」

 マイキーがジョッキを天井に突き上げて、今年最後の飲み会がようやく始まりを迎えた。

 騒がしくなる席の中で、ポツリと「隆のバカ」と呟いた。悪気がなさそうな三ツ谷は立ち上がった時と逆のように先に座ってから私の手を引いた。ストンと座った私のむくれっ面に無理やりビールを押し付けて「ごめんごめん」と言う。

 そんな私たちを見て、ドラケンがため息を一つ。

「お前らやっっっっっとかよ」
「おう、待たせたな」
「ま、オメデトさん」

 突き出されたジョッキに三ツ谷と二人で乾杯をした。

 机の下で時折絡まれる指先に頬を緩くしながら、私は今日も三ツ谷隆の隣に居る。



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