さよならの向こうで
待っていたものG


『ナマエ、クリスマス何してんの?』
『圭介の家でパーティーするよ』
『それ俺も行ってもいい?』

 三ツ谷からそんな連絡がきたのは十二月の頭頃だった。私が主催ではないクリスマスパーティーに三ツ谷が来るかどうかを決められるわけもなく、場地に確認を取る。場地は二つ返事で了承したが、「彼女いいんか?」と疑問に思ったようだった。
 正直な所、私も同じ疑問を持った人間で、当日場地の家に集まる千冬と一虎も同じように疑問に思うだろう。ただ、三ツ谷が行けない約束を取り付けるわけもないことは分かりきっている。彼が行きたいと言ってきたのだからその日は来れる日なんだということだ。
 クリスマスに恋人と過ごさなきゃいけない決まりはない。世の中の雰囲気がそうなだけで世界中の決まりじゃない。クリスマスプレゼントは選んでいたし別の日にでも会う約束があるのだろうと、私はあえて彼女のことには触れなかった。

 ピザを頼んでお酒も買い込んで。クリスマスにしかできないことなんて一つもないのに「メリークリスマス」とシャンメリーで乾杯をした。子供向けのシャンメリーは甘くて、もういい歳した大人の私たちには物足りない。味わうことなく飲み干したシャンメリーの瓶は早々に片付けられて代わりに缶のビールが手渡された。

「今日は本物ビールじゃん」
「奮発した」

 クリスマスとは不思議なものだ。いつもは発泡酒を選ぶ場地の手が、クリスマスだからとビールに手が伸びるのだから。

「ナマエ、ポテサラ作ってきた?」
「うん。唐揚げとミートソースのパスタもあるよ」
「ナマエさんの手作り料理っスか!?」
「ナマエって料理できんの?」

 失礼な視線をよこしてくる一虎を睨む。手の凝った料理は殆どしないけど人並み程度の料理はできる。何年、一人暮らしをしてると思ってるんだ。
 温め直すため立ち上がると、家主である場地ではなく三ツ谷が手伝う為に後に続いてくれた。
 場地は缶ビールを片手に「皿とかテキトーに使って」と手伝う気はないようだった。千冬と一虎はゲーム機をテレビに接続するのに夢中。

「タッパーのままでいいかな?」
「いんじゃね? 洗い物増えるしな」
「さすが三ツ谷」

 キッチンには買い込んだお菓子や酒のつまみがこれでもかというほど溢れている。中には赤い長靴の形をしたお菓子の詰め合わせもあった。これはきっと一虎が買わせたなと三ツ谷と目を合わせて笑う。
 電子レンジが動いている間、何を話すわけでもなく狭いキッチンで二人きり。二人だと気にならない無言の時間も、この家に私たち以外もいると思うと何だかむず痒い。リビングはあんなに騒がしいのに電子レンジが動く音しか聞こえないキッチンは少し居心地が悪かった。

「元彼のことなんだけど」

 何の前置きもなしに急に元彼の話をし始めた私に三ツ谷はピクリと肩を揺らした。今から何を言われるのか、眉を寄せて探るような視線が可笑しくて笑ってしまう。
 先月、元彼と揉めているところを見られているし、三ツ谷にも失礼なことを言ったような人だから、なんとなく三ツ谷にはその後を知る権利があるような気がしたのだ。
 深刻そうな顔をして話の続きを待っている三ツ谷に元彼の連絡先をブロックしてから削除したことを伝えた。メッセージアプリも電話帳も、見るばかりになりつつある写真投稿アプリも全て。彼との繋がりをすべて断ち切ってまっさらにした。
 別れてから写真などの思い出はすべて削除したくせに連絡先だけは消せなかった。飲み会に誘われるたびに、ただの友達だと自分に言い訳をしながら向かって結局は友達とはしないようなことをする。

 二人の夜はまるで付き合っていた頃のように甘くて、今ならまたあの頃のように上手く付き合えるのではないかと無駄な期待をしたりもした。朝になって人通りのまだ少ない時間に手を繋ぎながら帰る時間。また、私たちの時間は動き出すのかもしれないなんて思いながら別れて、突きつけられる現実。
 そんなバカなことあるわけないのに。昨夜あんなに甘い夜を過ごしても朝がきてそれぞれの場所に帰れば待っているのは現実で幻だった時間だけが私を縛り付けてきた。

「すごくスッキリした。もっと早くこうできてたらよかったのかもしれないけど、今このタイミングだからこそできたんだろうなって思ってる」
「そっか」

 どんなに傷つけられても甘い夜に絡め取られて突き放すことができなかった。求められるのは彼にとっても私は忘れられない元カノなんだと自惚れていた。
 この間の言葉でなんとなくわかる。元彼は私のことが忘れられないわけではなくて、自分のことが好きだから何をしても許されると思っていたんだ。拒絶されない、落胆されない。見栄を張ることもかっこいい男でいる必要もない存在。

「がんばったじゃん」

 三ツ谷は私の前髪を優しく撫でつけた。その優しい手つきが心地よくて猫のように擦り寄りたくなってしまう。三ツ谷が私に対してスキンシップをはかってくることはほとんどない。居酒屋で隣に座っている時に肩が少し触れる程度だ。なんだか照れるななんて思っていたところに丁度よく電子レンジが鳴る。
 離れていった三ツ谷の手を目で追って、名残惜しいのだと気づく。
 湯気をたてた唐揚げがいい匂い。

「美味そう」

 料理を褒めてもらえるのはこんなに嬉しかったっけ。料理と同じように私の身体までホクホクになったみたい。

 リビングでは既に千冬と一虎のレーシングバトルが始まっていた。
ポテサラをリクエストした場地がわくわく顔で私たちを出迎える。

「三ツ谷、ナマエのポテサラ食ったことある?」
「いや、ナマエの手料理を食ったことない」
「ポテサラまじ美味えから食ってみ」

 そんなに絶賛されると緊張する。場地は元々私の母が作るポテサラが大好きで、その味を受け継いだってだけのこと。ただ家で飲むときに毎回「ポテサラ作ってきて」とお願いをしてくるところは可愛いと思っている。

「お、ほんとだ。美味い」
「よかったー。千冬と一虎も嫌いじゃなかったらどうぞ」

 いつもより少し品数が多いってだけの宅飲みだけど、こうやってみんなと過ごせるならイベントごとも悪くないかもしれない。
 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -