さよならの向こうで
待っていたものE


 買い物に行こうと誘われた私は駅前で身を寄せ合いながら歩く恋人達をぼーっと眺めながら三ツ谷を待つ。先程、私と同じタイミングでやってきた男性の元に可愛らしい女の子が駆け寄ってきて「待った?」「ううん、今来たとこ」なんていうベタなやりとりをきちんと済ませてからブランド店の立ち並ぶメインストリートへと消えていった。

 三ツ谷の買い物の理由はなんとなく察しがつく。彼女と妹達へのクリスマスプレゼント選びに付き合うことになるだろう。妹達へのプレゼントはまぁいいとして、彼女へのプレゼントを女友達と選ぶというのはなんだかなぁと思う。まぁ三ツ谷の場合はセンスもあるし流行りにも敏感なのである程度あげるものは事前に決めているみたい。私はどちらかというと声をかけてくる店員避けで連れてこられていたりする。

「お姉さん一人ー? 暇してる?」
「………」
「え、シカト?」

 目の前にニュッと現れたカーキ色は見知らぬ男性の腕のようだった。パーソナルスペースの内側に突然現れた腕についつい眉を顰めてしまうのは仕方のないこととして許して欲しい。

「俺らと遊ぼうよ」
「人を待ってるので」
「その子も一緒でいいじゃん。二対二でちょうどよくない?」

 丁度よくもなんともない。両手で作ったピースをカニのようにチョキチョキしているナンパ男は、私と遊んで本当に楽しいと思えるのだろうか。

「ねぇお姉さんってば!」

 会話をしたら負けだと無視を決め込んでいた私の手首を男が掴む。無視をされてプライドに傷でもついたのか、ギチギチと遠慮のない力加減で男の爪を食い込ませてくる。

「ちょっ、」
「俺の女に何してんの?」

 ドンッと肩を押されてよろけたナンパ男が私の腕を離すのと、私のアウターのフードが掴まれて新たに現れた人物へとぶつかるように引き寄せられたのはほぼ同時だった。
 突然現れた男に向かって耳にも残らない言葉をぶつけながら走り去っていったナンパ男達を見送りながらぽつりと言葉を落とす。

「俺の女って何」
「助けてやったのに第一声それ?」

 助けてなんて頼んでない。そう思いながら「ありがとう。さようなら」と適当なお辞儀をしてその場を去ろうとした。

「待てよ」

 先程のナンパ男と同じような力の強さで腕を掴んできたのは、先日私がのこのこと家までついていった元彼だ。

 まるで少女漫画のヒーローの登場のように現れ私を助けたこの男に、私の心臓はキュンともスンともトキメクことがなく、私がヒロインになれない証拠を突きつけられた気分だった。

「離してよ、痛い」
「この前なんで帰ったの?」
「酔っ払いを送り届けたから帰ったんだよ。何か変なことある?」

 どうしてなんて聞かないでほしい。自分が私に何をしているのか、何をしようと思っていたのか分からないわけじゃあるまいし。目の前の男は、私が自分の思い通りにならなかったことに対して怒っているような素振りをする。

「あそこまできて帰んねーだろ普通」
「帰るんだよ」
「俺のことまだ好きなくせに」
「は?」

 信じられない発言に外だということを忘れてしまいそうになった。俺のこと、まだ、好きなくせに? 元彼の言葉を胸の中で反復する。この男、何言ってるの? 怒りって身体の中心から沸々と燃え上がっていくんだなと実感した瞬間、「ナマエ?」と柔らかくて心地のいい声がした。

「だれ? 今話し中なんだけど」
「俺には楽しいお話してるようには見えねぇんだけど? もういい? ナマエと約束してるの俺なんだよね」

 私たちの少し手前で止まった三ツ谷はさっきのナンパ男や元彼のように無遠慮に腕を掴んできたりしない。アウターのポケットに両手を突っ込み気怠そうに元彼を睨んだ。
 私を見て鼻で笑った元彼は三ツ谷を見て「彼氏?」と聞いてくる。答える必要もないし彼氏でもないので黙っていたらまたバカにするように鼻で笑われた。こんな男と付き合っていたというのが本当に信じられないのだが、こんな奴でも数年前はまともだった。化けの皮が剥がれただけなのか、それとも変わってしまったのかは分からないけど、恋人同士だったあの頃は人としても異性としてももっと素敵な人だったはずなのに。

「こいつ狙ってるならやめた方がいいですよ。元彼に未練たらたらな女なんて嫌でしょ」
「いい加減にしてくれる?」
「ホントのことだろ」

 目の前の元彼を完全に忘れることができていなかったのは本当のこと。だから否定なんてしないけどたった今、この人との思い出とか好きだった気持ちとか行った場所とか、そういうのすべてどうでもいいって思った。

「友達に失礼なこと言うのやめて。不愉快。助けてくれたのはありがとう。もう街で見かけても声かけてこなくていいし助けてくれなくていいから」

 緩んだ手から腕を無理やり引き抜いて三ツ谷の元に駆け寄る。先程引っ張られたフードを優しい手つきで直してくれた三ツ谷が「行くか!」と笑う。
 人にバカにされたばかりだというのに何故か嬉しそうに笑っている三ツ谷に眉を顰めながら隣に並ぶ。
 三ツ谷は手を繋いでくることも腰に手を添えることもしない。三ツ谷の手はアウターのポケットにしまわれたままだし、私たちの距離は肩が触れない隙間があった。そういう距離感が心地いい。無理やり連れて行こうとしたり、無理やり自分の方に引き寄せたりしない。私が三ツ谷の元に行くまで三ツ谷は待っててくれる。

 その隙間を埋めてしまうのは勿体ないなって思ってしまうから。



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