さよならの向こうで
待っていたもの


 今日は学生時代からの友人達と居酒屋で飲み会。大人になった今もこうして変わらぬメンツで居られることがどんなにありがたいことであるかは、歳を重ねれば重ねるほど実感していくんだろう。

 あってないような集合時間。それを守るのは後輩達くらいのもので、皆好きな時間に緩く集まるのもお決まりとなりつつあった。

「お疲れさま」
「遅かったじゃん、三ツ谷!」

 飲み始めてから数時間、本日の一番最後の登場は三ツ谷である。

「おー別で飲んでた」

 ちょっと詰めて、と場地と私の間に入り込んできた三ツ谷の為に、通りかかった店員さんに新しいおしぼりと小皿とお箸、そして生ビールを注文する。

「生でいいよね?」
「おう。店変わると何故か一回生に戻るよな」
「それ分かる!」

 向かい側でドラケンがビールジョッキを傾けながら同意した。分かると言いながら、未だに生ビールを煽り続けているのはドラケンだけだ。私は自分のレモンサワーに口をつけながら机の端に見つけた灰皿を取り、三ツ谷の前にそっと置く。
 三ツ谷はサンキューと言いながらポケットから加熱式のタバコを取り出し机の上にコトンと置いた。緑色の箱はメンソールのヒートスティック。喉にスーッと届く爽やかさは三ツ谷の笑顔によく似ていると思う。

「あれ、三ツ谷禁煙は?」
「してるよ、カノジョの前だけな」

 ドラケンの問いかけに届いたばかりのビールジョッキを周りの人間とぶつけながらしれっと答えた三ツ谷。おつかれおつかれと飛び交う声に混ざって、「お疲れさま」と声をかけながらコチンとジョッキで挨拶をした。
 向かい端のテーブルで飲んでいた武道が「三ツ谷くんお疲れさまデス!」とジョッキを天に向けて突き上げた。

「三ツ谷くんの彼女って、ナマエさんじゃないんすか?」

 千冬が隣の場地にこっそりと聞くつもりだった言葉は、ちょうどひと段落した挨拶の合間で、本人の予想に反してテーブル内の全員の耳に届くこととなった。
 突如聞こえてきた自分の名前に千冬を見やれば、きょとんとした後で静かになった場の空気を察してサーっと顔を青くする。隣の場地が三ツ谷を睨みつける中、私は自分のことと知りながら隣の三ツ谷を仰ぎ見る。
 皆の視線を集めながらジョッキを飲む三ツ谷の口元はほんの少しだけ上がっていて。それを見れる位置にいるのは隣にいる私だけか、なんてこんな特等席はいらない。

「あー……ナマエはなんつーかヨメ? だよな」

 ドラケンの言葉に大きく頷く頭がちらほら。暴走族のしきたりなのかは分からないけど、昔から誰かの彼女のことをヨメと呼び、集会に連れてきたりしていた。
 通常『ヨメ』という言葉は恋人同士を経てたどり着くべき地位であるが、生憎私は三ツ谷の彼女になったこともなければ結婚して本物の嫁になった覚えもない。私達は昔から今の今までずっと友達同士のまま。

「なんか俺……すんません」
「いや、あいつら誰が見ても熟年夫婦だから」

 場の空気を悪くしてしまったのではと謝った千冬に場地がやっとフォローを入れる。フォローになったのかどうかは分からないけど。

「彼女は年下のかわいこちゃんだよね?」
「おー生意気盛りの子猫ちゃんだわ」

 そんな年下の彼女にタバコをやめてと言われたこと、さっきまでその子と一緒にごはんを食べていたこと。禁煙は彼女の前でだけで匂いでバレないように加熱式タバコを始めたこと。
 なんでも知っているのに私はただのお友達。

「彼女の写真ねぇのー?」
「ねーよ!」
「ぜってー嘘じゃん! 見せて!」

 隅にいた一虎が私と三ツ谷の間に割り込んできて絡みだす。狭くなったテーブルから逃れるように自分のジョッキを持って一虎のいた場所へと移動した。
 私を迎え入れたのは場地と千冬で壁際ではマイキーが寝ている。マイキーが寝ている側で騒ぐと寝起きの機嫌がすこぶる悪いマイキーに蹴飛ばされるのでここは一番の安全地帯。

「逃げてきた」
「ナマエさん変なこと言っちゃってすんません」
「いいの。気にしてないし昔からよく聞かれるから」

 三ツ谷と出会ったのはマイキー達が東卍を結成したばかりの頃。はじめはそんなに仲が良かったわけではないのに人生とは不思議なものである。

「お前ら見てっとこう…なんかウガーッてすんだよなぁ」
「圭介、いつもそれ言うよね」

 久しぶりに下の名前で呼ばれることに驚くこともなく、苦虫を噛み潰したような顔をする場地と、食べると眠くなるのが子供の頃から変わらないマイキーとはいわゆる幼馴染というやつで。舌ったらずな口が「けーすけ、まんじろー」と呼んでいたのも懐かしい。今でも大勢の前で彼らの名前を呼ぶ時以外は下の名前で呼んでいる。呼び方について特に意識している訳ではなかったが、周りの呼び方と違うと上手く伝わらないことも多く、自然とそうなっていった。
 場地には三ツ谷とは少し違う安心感を抱いているのだが、場地が私に同じような気持ちを抱いているかは分からないので伝えたことはない。
 三ツ谷はなんとなく私に似ていて、考えていることがよく分かる。人にはそれぞれ気持ちのいい距離の取り方があってそれがまた似ているから一緒にいるととても心地がいい。
 一方場地は実家に帰ってきた時のような不思議な安心感がある。場地が何を考えてるのかなどは知り得ないし距離感を測る気遣いもないのでたまに見誤って喧嘩をしたり。喧嘩をしたかと思えば数分後には小腹を満たすために同じメニューを覗き込んでいたり。

「ねぇ千冬焼きそば食べようよ」
「いいっすね!」
「俺プリン食べよっかな」
「あ、ずるいー」

 私は今のままの楽しい毎日が続いたらそれでいい。ずっと変わらずやってきたから、これからもずっと変わらなかったら楽しいということは確定事項なはずだから。



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