いちごみるくサイダーB





「ねぇぐっちー?ぐっちーはいつから月島くんと友達なの?」

「俺?俺は小学校が一緒だったんだよ。話すようになったのは高学年の頃からだけどね。」


 「ツッキーは俺のヒーローなんだ!」目をキラキラと輝かせながら多少着色もされていそうな二人の出会いを聞かされる。ヒーローと呼ばれるような人には見えないけれど、そんな彼だったから山口にはヒーローに思えたのかもしれない。
 私の目に月島くんはどう映っているのだろう。自分のことなのによく分からない。ヒーローではない。救ってもらったこともないし、むしろ部活で授業に出ない日はノートを貸してあげている身としては私の方が彼のヒーローなのではないだろうか。
 一年生の時は天敵のように思っていたかもしれない。チョウチンアンコウの光のように、月島くんが放つ淡い光にうっかり誘い出されて近づいたらパクッと食べられてしまいそうな気がしていた。気付かれない距離から観察しているだけでよかった。


「あれ…?」

「どうかした?」

「ううん、なんでもない。」


 授業と授業の合間の10分間。席が近い山口となんてことない会話をしながら次の授業の準備をする。離れた席にいる月島くんは誰と話すこともなく自分の席に座っていて、耳にはヘッドフォンが装着されている。周りの音をシャットアウトしている状態の月島くんに話しかけにいく人間はいない。
 ふと、月島くんがこちらを振り返って目が合ったような気がした。目が合っていたのは時間にすると1秒もないくらい。もしかしたら私の勘違いかもしれない。勘違いかもしれないけれど、目が合ったことに驚いた顔をしたのは私一人ではなくて。月島くんも少しだけ驚いたような顔をしたように見えた。だからこそ目が合ったのだと気付いた。その後なんのコンタクトもないまま1秒の不思議を噛み締めながら授業を受けた。







 最近、月島くんの様子がおかしい。おかしいというよりは何やら観察されているような気分になる。気のせいなのかもしれないけれど、見られているような視線を感じてそちらに目をやると決まって月島くんがいるのだ。アイコンタクトで会話ができるほど仲良しではないし、目が合って何かを言われるわけでもない。もしかしたら私のことなんて見ていないのかもしれない。自意識過剰、なのかもしれないけれど。


「売り切れ…嘘だぁ〜」


 大好きないちごみるくを買いにやってきた私は自動販売機の目の前で項垂れることになる。売り切れだなんてあんまりだ。他のものなど眼中になかったけれど、口は飲み物を欲している。仕方がなく購入したレモン牛乳にストローを突き刺し一口味わってみてもこれじゃない感が大きかった。美味しくないわけじゃないのに、やっぱりいちごみるくには勝てない。


「あれ、今日はいちごじゃないんだね。」

「売り切れてたんだよ。あッ、」

「…うわ、僕これダメかも。」


 渋い顔で「不味い」と訴える月島くんに言いたいことが山ほど湧いて出てきたけれど何も言葉にはならなかった。「人の飲み物を勝手に飲まないで」とか「私は嫌いじゃないよ」とか。
 レモン牛乳を飲むために屈んだせいで見えた月島くんのつむじの形を思い出して、忘れないようにしなくてはとインプットする。口直しにペットボトルのミネラルウォーターを購入する月島くんの背中を眺める。


「10円足りないからちょうだい。」

「やだ。」

「誰のせいで口直しが必要になったと思ってるの?」

「え、私のせいなの?」


 なんとも理不尽な言いがかりだ。それなのに手がお財布のファスナーに伸びているのだから私も大概だ。
 全てはいちごみるくが売り切れていたのが悪い。売り切れていなければ月島くんがこうやってケチをつけてくることもなかったというのに。ガコン、と落ちたミネラルウォーターのフタを回し、ゴクゴクと喉を鳴らして飲む姿が男の子らしいと思った。大きく上下する喉を見つめながらずっと気になっていたことを聞いてみようと思う。


「月島くんっていちごみるく好きなの?」

「…はぁ?」

「だっていつも横取りしてくるし。」

「まぁ、嫌いじゃないよ。」


 嫌いじゃない、か。これは好きよりの「嫌いじゃない」だろうな。私が大好きないちごみるくを月島くんが「嫌いじゃない」と言った。たったそれだけのことなのに、好きを共有できたみたいで嬉しかった。たまにサイダーのように弾けるいちごみるくを月島くんは体験したことがあるだろうか。甘いはずのいちごみるくがサイダーの刺激のように喉に走ることが極たまにある。


「私も好き。いちごみるく。」

「僕は自分で買おうとは思わないけどね。」

「明日はあるといいね〜」

「人の話聞いてないデショ。」


 月島くんと明日の話をして、並んで教室に帰る。今日の私の頭は肘置きにされなかった代わりにそうっとペットボトルが乗せられた。数秒バランスを取るために支えていた月島くんの手が離れ、ペットボトルが落ちないように神経を使いながら歩かなければいけない修行のような道のりが始まった。
 ペットボトルを頭に乗せても月島くんの身長は越せそうにない。遥か上の方でクスクスと人をバカにしている声が聞こえる。
 一歩一歩が慎重になって歩くペースが格段に下がった私に、月島くんが合わせてくれるはずもない。スタスタと先へ行ってしまう彼の背中を追いかけたいような、追いかけたくないような、そんな感じ。「振り向け!」と念じてみても振り向くどころか廊下の曲がり角を曲がってしまった。完全に置いていかれた。こうなると一人で頭にペットボトルを乗せて歩いているなんてバカバカしくなってくる。誰かに見られたら怪しまれそうだ。ペットボトルを頭から下ろして、月島くんを追いかけようと走った。


「月島く、ん"えッ」

「痛っ、骨折れた。」

「折れないし、痛いのは私の方だよ!」


 曲がった先で壁に寄りかかっていた月島くんに激突した。私の鼻は曲がっていないだろうか。「ダメじゃん。ちゃんと乗せてこなくちゃ。」ふわりと月島くんの手がかすめたのは先程までペットボトルがあった場所。何も乗っていない私の頭の上に、さっきまで冷たいペットボトルがあった私の頭の上に、今は月島くんの手が乗っている。
 あぁ、やっぱりいちごみるくが飲みたいな。


「月島くん、いちごみるく好き?」

「…………」

「私は好き。月島くんは?」


 月島くんは初めて会った時みたいに心底気持ちの悪いものを見つけてしまったような顔をする。この顔に怯んだ私はその後一年間彼に近寄ることも話しかけることもできずにいたけれど、今ではもうこんな顔ですら可愛いと思えるくらいになっている。
 頭の上に乗せられた手に力が入り、首が無理矢理に下げられる。抗議の声を上げる私の声に掻き消されそうな小さな「好きだよ」を聞き逃さなくて良かったなと思う。ずるいな〜。ずるい聞き方をしたのは私の方なんだけど。

 離れていった手のひらに吸い寄せられるように後をついていく。私は月島くんの光に誘われて近寄ってしまうけど、月島くんはまるでいちごみるくに誘われて私のところへやってきているみたい。明日も、明後日も、来週も。いちごみるくを飲もうと思った。







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