光れなくてもいい





「ねぇ岩ちゃん聞いてよ!名前ちゃんたら薬飲む時一粒ずつ口に入れないと飲み込めないんだよ。しかも水を口に入れた後深呼吸してさ、飲み込む瞬間なんて何回やっても目瞑っちゃうんだよ。可愛すぎかよ!」

「ダセッ」

「可愛いポイントでしょ!」

「クソ川うるせぇ。」


 及川の可愛いポイントとやらが全く分からなかった。名字の薬を飲み込む姿を想像しても何一つ可愛いとは思わないし、錠剤一粒飲み込むのにガキみてぇだなと思ったのが率直な感想だった。そしてそれを可愛い可愛いと、こんなにも騒げる及川に正直引いている。
 これが小さい子供の話なら、よく頑張ったと頭でも撫でてやりたい気持ちにもなったかもしれない。ただ相手は自分と同じ高校生で、口を開けば生意気なことしか言わない女だ。そいつが今更可愛いことをしてこようとなんとも思わないだろう。


「おまえ女なら大抵可愛いって言うよな。」

「女の子はみんな可愛いよ。特に恋をしてる子は格別に可愛いよね。」

「浮かれた頭だな。」


 こいつには自分に恋をしている女達しか寄っていかないからそんなことが言えるんだろう。







 名字と付き合うことになったのはなんでもない月曜の放課後だった。
約束をしていたわけでも、待ち伏せをしていたわけでもない。たまたま、偶然帰るタイミングが同じだったから同じ方向に足を向けたし、本屋に行きたいんだと漏らしたあいつの言葉で、愛読書の発売日であることを思い出した、それだけだ。
 いつもの帰り道から少しそれて、なんの変哲も無い商店街を行く。ドキドキもワクワクもしない自分の心臓に酷く安心したのを覚えてる。
恋をしてキラキラしている女達を散々見てきた。もちろんその好意は俺にではなく、幼馴染に向けられるもの。それを羨ましいと思ったことは一度もない。


「いわいずみ〜」


 キラキラしている女より、気の抜けた声で俺を呼び、気の抜けた顔でへらりと笑う、そんな女の隣にいる方が俺には合ってるんじゃないかと思う。期待を込めたあのキラキラとした視線に俺は耐えられる自信がない。期待に応えてやろうとするキャラでもないし、俺に何かを期待したって望み通りのことはしてやれない。だから及川はすげえと思う。そんな女達を"可愛い"の一言でまとめてしまえることが。







「岩ちゃん、名前ちゃんとは順調デスカ?」

「なんだよ急に。おまえとコイバナとか気持ち悪りぃ。」

「初めてのカノジョにあたふたしてるかな?と思って及川さんがアドバイスしてあげようとしてんじゃん。」

「いらねーよそんなもん。」


 あいつと終わったおまえのアドバイスが役に立つとは思えない、とは言わなかった。半分は、元カレである及川に名字のことをアドバイスされるのがなんとなく癪だっただけだ。
 名字は"及川の元カノ"と呼ばれることを嫌っていた。それは紛れも無い事実なのに、自分を及川の付属品だったかのように呼ばれるのが嫌なんだろう。最近はそういう風に言っているのは聞かなくなった。未だに、名字を"及川の元カノ"と呼ぶ人間は少なくないし、俺と付き合っていることを知った人間は今度は"及川の"幼馴染と、とでも言うだろう。及川に取り憑かれたもの同士とはうまく言ったもので、俺たちは本当に及川とは切っても切れない運命なのかもしれない。


「ま、おまえのおかげでうまくやってるよ。」

「…どういうこと?あ!まさか二人して俺の悪口言ってんの!?」

「さぁな?」







 「及川って眩しいよね」なんでもない帰り道、名字はなんでもない風にそう溢す。付き合い始めて、二人でいる時間は増えたように思う。相変わらずバレー部の輪の中にひょっこりと馴染むのも上手いから二人きりになるのはそうあることじゃない。それでも二人の間柄につける名前がなかったときに比べると、恋人同士というのは同じ時間を共有するのに丁度良かった。


「漫画の王子様みたいだってか?」

「正統派王子様じゃないけどさ、分類的にはそんな感じだよね。」

「女は好きだなよな、王子様。」


 拗ねたような言い方になったことを隣でクスクスと笑われたことで気がついた。別に王子様になりたいわけじゃない。かぼちゃパンツと白タイツの及川は想像すると笑えるくらい似合っていて気持ちが悪い。だけど今、何を言っても拗ねたように聞こえてしまうだろうから、何も言わないことにした。


「私は王子様の隣で彼を護る騎士の方が好きだけどな〜。キラキラしてる人はさ、眩しくて目が潰れちゃいそうだもん。」


 こいつの隣が安心するのは似たような思考回路を持ち合わせているからかもしれない。人も虫も、明るい方へと寄っていく習性みたいなものがあって、どうしたって人の目を惹く光っていうのは存在する。その光に当てられて盲目になってしまいそうな気持ちはなんだか分かる気がした。俺たちは光り続ける及川の作り出した木陰で出会った似た者同士だ。不意に「岩泉は騎士だね」なんて、気の抜けたへらりとした顔で見上げてくる名字も、姫なんて柄じゃない。こいつはたぶん及川の住む城とは無関係のそこらへんの町娘。舞踏会に呼ばれることもなければ、毒リンゴを食べさせられることもない。


「俺が騎士って柄かよ。」

「なんでもいいんだ。靴磨きでも魔法使いでもさすらいの旅人でも!」

「俺ドラゴン使いがいい。」


 「こいつの?」とエナメルバックについているキーホルダーを指で弾かれる。
及川が言うように女は恋をするとキラキラする生き物なのだとしたら、名字はもしかしたら俺に恋はしていないかもしれない。少なくとも俺の目には名字はキラキラして写らない。だけどそんなところがたまらなく可愛いと思うようになっちまったんだから、俺もとうとうアホの仲間入りだ。
 相変わらずキーホルダーで遊ぶ右手を掴んで止める。そのまま手を離さずにいれば二人の距離は少しだけ埋まって、奇妙な沈黙が訪れる。この沈黙が心地よくてむず痒くて堪らない。程なくして、手の中にあった名字の手がするりと動いてカチリと嵌る。まるでそこに収まるべくして形作られたもののように、バレーで歪な形になってしまった俺の指と指の間に綺麗に収まる。「えへへ」とだらしなく笑う名字の額をコツンと小突いて、この顔は及川の野郎には見せてやるもんかと心に誓う。

 明るいところでも暗闇でもない、昼と夕方の間のような、気を抜くと見逃してしまいそうになる世界に住むおまえをドラゴン使いになった俺がすくいに行ってやるよ。








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