するりとこぼれる恋心B




「戻るか」
「うん」

 わざとはぐれた私たちは、祭りの喧騒の中に戻ろうと来た道を引き返していき、人の流れに身を任せた。なんとなく繋がれた手に、きゅっと力を入れてみると二口の口角が上がる。

「あ、いたいた」
「お前ら迷子になるなよなー」

 しばらく歩いた先でクラスのみんながひとかたまりになっているのを見つけて、ホッとしたような、残念なような。二口は「あいつら律儀に待ってんじゃん」なんて言って笑って、さっきまでえらくゆっくり歩いていた足を早めてみんなと合流していった。するりと離れた手が名残惜しい。
 私たちがいない間に、みんなで土手で花火をしようということになり、場所を移動するらしい。

「二口も行くだろ?」
「おー」

 男子たちの輪の中で、頭一つ飛び抜けている二口の声がよく聞こえる。お祭りが終わったら告白してくれるって話はどうなっちゃうんだろう。離れてしまった手を見つめながら、はやる気持が外に溢れださないようにおしこめる。開いた手を握りしめて、二口のことをちらりと見る。二口は男子たちの輪の中から私に視線を向けて顎をクイッと動かた。それがまるで「お前も来いよ」って言われたような気がして、二人だけの秘密の会話みたいでちょっと恥ずかしい。
 大勢の中にいると、私と二口はあまり話さない。かわいい≠ニ言ってくれていたのがまるで嘘のように、ただのクラスメイトになる。二口が私に声をかけてくるのは、決まって私が一人でいる時だった。

 結局、花火をしている間は話すタイミングがなかった。だけど男子たちがバカやって騒がしくしているのを見つめていると、その中の二口と目が合った。何も話さないけど、なんとなく「こいつらバカだよな」って笑っているような気がした。
 片付けをしている時に水の入ったバケツを持ち上げようとしたら、横からそれを奪っていく腕。つられて見上げた先にいたのは二口で「汚れんだろ」と、なんでかムッとした表情を浮かべていた。

「ありがと」
「解散したらあそこのコンビニで待ってて」

 近くのコンビニエンスストアを思い浮かべているうちに、二口はこの場からいなくなってしまった。返事、してないけど。そう思ってはみたものの、私の返事なんて決まっていて、二口も断られないって分かってる。なんだか擽ったいこのやり取りが、あわよくば誰にも見られていませんように、と周りをこっそり見渡して、大丈夫そうだということにホッと胸を撫で下ろす。

 下駄の音を鳴らしながら向かったコンビニにはまだ二口はいないみたい。駐車スペースの柵に腰掛けながら二口を待つ。前髪をちょいちょいと整えて、緊張で爆発しそうな心臓を落着けるために大きく息を吸った。

「わ、浴衣の子がいるー」
「ほんとだ! 一人?」

 人の気配に視線を向けると、見知らぬ男性達が私に声をかけてきた。なんで目を合わせてしまったんだろう。悔やんでももう遅くて、お酒も飲んでいそうな軽いノリがとても怖い。

「人を……待ってるので」

 本当のこと。早くきて、二口。ここにいない彼のことを思い浮かべていると「その人彼氏?」と聞かれた。彼氏……ではない。小さな声で「彼氏じゃないですけど……」なんて馬鹿正直に答えてしまって自分の言葉に落ち込んだ。

「彼氏じゃないならいいじゃん!」
「なんの用スか?」

 その時、少し遠くの位置から気怠げに歩いてくる二口が声を上げてくれた。声をかけてきたお兄さん達は「何あいつ」と二口を小馬鹿にしたような態度を取っていたけれど、二口がゆっくりこちらに近づいてくるにつれて、その背の高さに気がついて私から少しずつ離れていった。
 恐らく年上のお兄さん達のことを、ポケットに手を突っ込みながら見下ろす二口はとても怖い顔をしていて、喧嘩になる前に尻尾を撒いて逃げていった。そんなお兄さん達を目で追っていると、頭にぽかんとチョップを落とされる。

「何変なのに捕まってんだよ。あぁいう時は、嘘でも彼氏≠チて言えよ」

 本当に、その通りなんだけど。なんとなく、嘘でそんなことを言ってしまったら、それは実現しないんじゃないかなって怖くなった。
 二口が溜息をつくのが聞こえてきて、きっと呆れられてるんだって思うと、二口のことが見れない。草履の鼻緒で少し擦れた親指が痛い。
 二口が私が腰かけている柵に両手をついた。私を覆い隠してしまう大きな身体が目の前にある気配に、怯んで顔があげられない。そんな私の情けのないつむじに向かって、二口がぽつりと「ほんとのことにしちゃえばいいじゃん」と呟いた。

 ほんとの、こと。「好き」とも「付き合って」とも言われていないのに、心臓が高鳴って止まらない。何も言わずに足元を見つめ続けている私に痺れを切らした二口がムスッとした声色で私の名前を呼んだ。

「なんないの、俺のカノジョ」

 その言葉に思わず顔を上げてしまったら、思ったよりも二口の顔が近くにあって。驚いて身を引いた私は柵からひっくり返りそうになった。

「おまッ、危な!?」
「ふたくち」

 咄嗟に掴んだ彼の腕。ヒヤリとした空気が二人の間を駆け抜けていく。眉を寄せて私を見つめるその表情は、教室では見ることの出来ない顔。もしかしたら私の前でだけ出してくれる二口の意外な一面。好きだなぁ。そう思ったら、二口を独り占めしたくて仕方がなくなった。わがままになってみても、いいのかな。

「なりたい、二口のカノジョ」

 腕を掴んだままの手から、この伝えきれない思いが伝わったらいいのに。言葉にならない、たくさんの二口の好きなところ。その全部に理由なんてものはないけれど、どうしようもなく好きなのだけが分かる。
 私の言葉に目を伏せて笑った二口の表情を忘れないように、この夏の気温と共に閉じこめる。

「よく言えました」

 二口はそう言って、背筋を伸ばすついでかのように、待ち侘びた唇にキスをしていった。あまりにも一瞬の出来事にぽかんとしながら、唇を触る。二口の温もりが消えちゃう前に、もう一度その熱が欲しい。二口の腕をちょんちょんと引っ張って見上げると、また見たこともないくらい柔らかい顔で笑って「物欲しそうな顔」と言いながら、優しいキスをくれた。





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