恋も呪文も口移し




「それでも好きです。付き合ってください」

 わたしの告白に、及川先輩は目を丸くしたあとちょっと困ったように笑った。


 及川先輩は三年生の中では有名人で、アイドルみたいな人だった。ルックス良し、運動神経良し、愛想良し。ファンがたくさんいて、バレー部が練習試合をするらしいとどこかの誰かが聞きつければ、休日の体育館にも黄色い歓声が響く。体育館の二階や、開け放たれた扉の脇に及川先輩がプレーする姿を一目見ようと人が集まる。それはなにも女の子だけではなくて、男子生徒も青葉城西高校のバレー部のプレーは見ていて気持ちがいいみたいだった。

 そんな及川先輩に恋をしてしまって早一年。周りの友達はアイドルを応援する気持ちなのだろうと本気にしてはいなかったけれど、わたしが「及川先輩に告白するんだ!」と息巻いている姿を見て、漸くそういう種類のすきなのだと気がついたらしかった。それでも、記念告白というか、当たって砕けろというか。わたしを送り出してくれた友達は皆口を揃えてこう言った。

「終わったらみんなでカラオケ行こ!」
「パーッとやろう!」

 名前を慰める会≠開催する気満々の様子に、わたし自身も心強かった。
 友達がこんな反応だったのには理由がある。及川先輩は元カノがたくさんいるって言うし、プレイボーイだという噂も聞く。女を取っかえ引っ変えしているなんて、酷い言われようのものもあったけれど、付き合った人と長続きせず別れてしまうのはどうやら事実のようだった。
 一方わたしは、彼氏いない歴イコール年齢のちんちくりん。及川先輩の元カノだという噂の先輩はみんな美人で、一学年しか違わないのにすごくすごく大人に見える。
 及川先輩がモテることも、及川先輩の元カノが美人ばかりだということも分かっている。わたしみたいなちんちくりんは相手にされないってことも薄々気がついていた。だけど、及川先輩がせっかくファンサービスで手を振りながら笑いかけてくれたのに、恥ずかしくて顔を逸らしてしまうようなわたしのことを「あ、超絶照れ屋な子」と呼んでくれて、懲りずに、また手を振ってくれるから。

 相手にされないって分かっていても──

「それでも好きです」
「俺でいいの?」
「及川先輩が、いいです」
「うん、いいよ。じゃあ今日から名前ちゃんは俺のカノジョね」

 最後には、ありがとうございましたと頭を下げてお礼を言おうと決めていた。わたしの告白を最後まで聞いてくれてありがとうございます、そんな意味を込めて。
 下げかけた頭のままピタリと止まる。今、彼女って言った? 今日から? 名前ちゃんは俺の彼女?

「彼女?」
「あれ? 付き合いたいって意味の告白じゃないの?」

 それとも、気持ちを知って欲しかっただけ? 及川先輩は告白にいくつかの種類があることを知っている。それは、いくつもの告白を受けてきたからなんだろう。こんなにも、恋愛経験値が違うのに、隣を並んで歩けるのか不安になった。だって、まさかこの告白が成功するなんて思ってもいなかったから。
 いざ、オッケーの返事をもらうと急に足元がぐらつく。付き合ったその先はわたしにとっては未知の世界で、何が待ち受けているのかも、何を選択していくことになるのかも分からない。

「名前ちゃん?」

 及川先輩が俯くわたしの顔を覗き込むように腰を屈める。ふわりと、柔軟剤の香りがした。

「名前、知ってたんですね?」
「俺、女の子の名前は忘れないタイプなんだよね」

 あぁ、なるほど。妙な納得感に頷いていると「ツッコむところだよ!」と笑われた。

「今日から彼女だよ。分かった?」
「はい……」
「ねぇ、なんでちょっと嫌そうなの?」

 及川さん傷つく! と自分のことを両腕で抱き締めてクネクネと動く及川先輩。その動きが妙に滑らかで気持ちが悪かったので思わず笑ってしまった。

「じゃあとりあえず、一緒に帰ろうか?」
「え!?」
「俺名前ちゃんのこと知りたいし」

 そう言って、わたしの手をすくい上げて歩き出す先輩に、半ば引きずられるようにしてわたしの重い足も動き出す。一歩踏み出してみたらその足は思っていた以上に軽やかに及川先輩を追いかけた。この人についていったら大丈夫かも。そんな風に感じられるわたし達のはじめの一歩だった。





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