秘密にしてねこんな気持ち




「準備できたぞー」
「ありがと」

 お風呂に湯を張って泡風呂にしてくれた堅治にお礼を伝える。その声は少しぶっきらぼうにも聞こえてしまって咄嗟にしかめた顔に、彼は眉をひそめるどころかニヤリと笑った。

「なに。照れてんの?」

 ニヤニヤと近寄ってくる堅治を押しのけて寝室のパジャマを引っ掴んで浴室に駆け込んだ。その背に向かって「終わったら声掛けてー」という堅治が言うので、また顔をしかめてしまうのだった。
だって、メイクを落として、髪の毛を洗って、カラダをいつもよりも丁寧に泡立てたボディソープで洗ったら、終わったよと声を掛けたら、堅治がやってきてしまうから。
しばらくメイクを落とすか迷って鏡とにらめっこをしていたけれど、結局ムスッとしながらメイク落としを手に取った。



 今日は金曜日。暦通りに働く私たちにとっては一週間でいちばん嬉しい時間の始まり。そしてそれは二日後の日曜日の夕方、某国民的アニメの主題歌が耳に入る頃に終わりを告げる。

 疲れ果てて帰宅した私たちは、華の金曜日を家で過ごすことにして一緒にキッチンに立った。おつまみの準備をするよりも先に、我慢ができなくて冷蔵庫からビールを取り出した私を見て堅治が笑う。大きな手が二つの缶を受け取って、プシュッと片手でプルタブを押し上げて一つ返却してくれた。こうして、私たちの飲み会は、キッチンからスタートした。

「焼きそば作る?」
「いいね!」

 冷蔵庫の中身を見て堅治が提案する。使いきれずに残っていた人参や玉ねぎを切って、お肉はないからウインナー入れちゃえ。そんな感じで、余り物の野菜たちをあれもこれもと切っていく。

「俺が振るっちゃおうかなー」

 腕まくりをしてフライパンの準備を始めた堅治。帰ってきた時は「疲れた…」と金曜日らしい顔つきだったのにちょっと元気になっていて安心。いつの間にかふたりで住むこの家が、肩の荷を下ろすことのできる安息の地になったんだとしたら嬉しいな。こんななんでもない金曜日が、堅治と一緒に居るだけで特別で素敵な一日になる。

「よっ、と」

 大きなフライパンを片手でなんともなしに振るうその腕に、太い血管がポコッと浮き出ていて。自分にはないそれが妙に色っぽくて無意識にそこに触れた。

 「なんだよ!?」突然腕を撫でられた堅治がビクッと震えて大きな声を出す。それがなんだか可笑しくてクスクス笑いながら小鉢を取りだしておつまみを盛り付けていく。

「今えっちな触り方したっしょ」
「してないよ!」
「いや、してた」

 そんなつもりはなかったけど、そう言われると恥ずかしい。「名前のえっち」って耳元で囁かれて、今度は私がビクッと肩を震わせる番。分かっていてわざと低い声で囁いてくるのタチが悪いからやめて欲しい。

コンロの火を止めて大皿に焼きそばを豪快に盛る横で、そちらを意識しないようにお箸などの準備をした。

「今日さー泡風呂する?」

 そのお誘いは暗に、「一緒にお風呂入ろう」という意味だというのが分かってしまう。

「どうしようかなぁ」

 恥ずかしさから返事を濁してしまう可愛くない私を堅治が後ろから抱きしめる。

「なぁ、ダメ?」

 低い声でわざと耳に口を寄せながら言ってくるので「耳元やめてッ」と振り返って怒ろうとしたら、待ってましたと言わんばかりにチュッと唇を奪われた。

 呆気に取られてポカンとする私に向かい「早くメシ食お!」と無邪気に笑った堅治。これがわざとじゃないとしたら何? こんなの無邪気すぎてなんでも許してしまうじゃん。



 ちゃぽん、と湯船に身体を沈ませて、ひとり悶々とした時を過ごす。今ここで名前を呼べば堅治がお風呂にきてしまう。嫌じゃないし、初めてでもないけれど、こんなに明るい浴室の中で、何も身にまとっていない姿を見られるのはやっぱり恥ずかしい。メイクは落とさなきゃよかったかな、そんな後悔ももう遅い。
 そうやってウジウジと泡の揺れる湯船に浸かっていると突然バーンと扉が開いた。

「わッ!」
「んだよ、呼べって言っただろ」

 まだ呼んでないのに! 私の抗議の声は空を切り、扉を閉めた堅治が脱衣所で服を脱いでいくシルエット。その手つきは素早くて、あっという間に肌色になった。
 そそくさと浴室にきてシャンプーをし始めた堅治を浴槽のふちに顔を乗せて眺める。頭の泡を豪快に流して前髪をかき上げた堅治が私の視線に気づいて頭を撫でてくる。

「ん」

 ヘアクリップで髪の毛を束ねているからおでこ全開で、もちろんスッピンで。そんな無防備な顔を、なんでか撫でつけて満足そうにコンディショナーを手に出した。子供扱い……そんな風にも感じたけれど、私は意外と、この子供扱いが嫌いじゃない。

「カラスの行水」
「あ?」

 ココはちゃんと洗ったしって指さした場所に視線を向けそうになって慌てて「変態!」と叫ぶ。こういう男子高校生みたいなノリ、ずっと変わらないな。

「よっこいしょ」

 おじさん臭い掛け声とともに堅治が湯船に入ってきて、身体を沈めていく毎にお湯が溢れてこぼれ落ちる。泡が溢れていかないように手でガードしながら流れていくお湯を見た。勿体ないはずなのに、悲しく思わないのは、溢れさせたのが堅治だからなのかな。

 くるりと身体を反転させて、腰掛けた堅治の足の間に入り込む。広い胸板に背中を遠慮なく預けると、不思議とぴたりと合わさるふたつのカラダ。元は別々のものなのに、こうやって寄りかかったり、手を繋いだり、抱きしめ合ったりすると隣通しのパズルのピースみたいにピタリと吸い寄せられて離れ難い。私はこれを体感してしまったから、堅治が隣から居なくなってしまったら、きっと私のパズルはこの先一生完成しない。ずっとずっと、一欠片のピースが空いたまま、終わりを迎えることになってしまうと思う。

「どした?」

 センチメンタルなことを考えていたせいで無言になっていた私のことを不思議に思ったのか、堅治の声が頭の上に降ってくる。「なんでもないの」そう伝えて堅治の手を救って繋ぐ。やっぱり、大きさは全然違うのにピッタリ。ぐにぐにと堅治の手で遊ぶ私のことを声を出さずに笑っているのが背中に伝わる。

「ねぇ? 今日は寝る前にアイス食べちゃおっか」
「ワルだな」
「どうも」

 堅治が笑う度に上下する胸に、揺れる泡。

 身を捩り堅治の方に顔を寄せたら、同じように擦り寄ってきた堅治の唇がおでこにぶつかる。

「……おでこ」
「コッチがいい?」

 長い指が唇を撫でてふにふにと摘んで遊んでゆく。物足りない刺激に、「ん」と唇を突き出してアピールをしたら、しょうがねぇなって顔をした堅治がやっとキスをくれる。やっぱりピッタリなふたりの唇にこっそり笑っていたら、下唇を甘噛みされてから舐められた。

 しばらくしてから離れた堅治がぎゅうと私を抱きしめて肩口に顔を寄せる。

「どうしたの?」

 今度は私が声をかけ、肩口にある堅治の頭をポンポンと撫でつけた。

「アイスはまた今度にしねえ?」
「えーなんで?」
「我慢できねーから」

 その意味と、堅治の熱を理解して、逆上せそうになった私は「お風呂上がる!」と急いでお風呂場を後にした。浴室の扉を閉める私の背中に、「逃げんなよ」と声がかかる。

 逃げないけど、ノリノリだなんて堅治にバレたら調子に乗るだろうからナイショだよ。







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