ロマンチックには程遠い




『もしもーし、アイス食べたくない?』

 夜も遅い時間、一緒に暮らしている彼氏の二口堅治から、そんな電話がかかってきた。電話口の彼は、開口一番にそう言って、「な? 食べたくなってきたっしょ?」と楽しげに笑っている。彼がこんなにご機嫌で、少し、いやかなり、面倒くさいことになっているのはアルコールが入っているからなのだろう。

 今日は務めている会社の納会があるのだと、随分前から聞いていた。今朝は、珍しくスーツを着込んで家を出ていく彼を見送ったのだから。

「もうお風呂も入ったし、歯磨きもしたよ」
『でも食いたくなってきただろ?』

 こんなに言われたら食べたくなるのが人間だ。どのアイスを買ってきてもらおうか、少し前から頭の中でいろんなアイスが踊っている。結局「買ってきてくれるなら食べる」と返事をしてしまう。
 電話をしながら歩いているらしい彼の足取りは規則正しくコンクリートを蹴る。ふらふらの酔っぱらいではなさそうで一先ず安心。コンビニの自動ドアを潜る音と、店員のやる気のない「いらっしゃーせー」が聞こえて、アイスを食べながら飲むお茶の準備を始めるためにキッチンへと向かった。夜だし、ノンカフェインのものにしよう。好きで集めた茶葉の中から、カフェインレスのものを選んで、お湯を沸かす。

「アイスコーナー着いた?」
『俺ジャイ○ントコーンにする』
「もう決めたの?」

 自分が買うアイスの名前をわざわざ私に報告してくるなんて、まるで小さな子供みたい。大きな彼がそれを夜のコンビニで一人でやってるのかと思うと笑っちゃう。
何にしよう。アイスコーナーの右端からアイスの名前を読み上げ始めた堅治に、とうとう吹き出してしまった。

『笑うな』
「酔ってるね?」
『酔ってない』

 酔っている人間はだいたいそう言うものだ。私が笑ったせいで、またアイスコーナーの右上からの読み上げが始まる。無限ループだ。遮るとムキになってまた初めからやりそうなので、好きなアイスが読み上げられるまで黙っておくことにしたんだけど、途中で「あっ」と小さな声を上げて、アイス読み上げの儀式は終了した。
飽きてくれてよかったなんて思いながら耳をすませると、電話口でご機嫌な声が聞こえる。

『やっぱコンビニまで来て』
「えーなんでよ」
『アイス溶けるから』

 食べながら帰ろうぜ! と、いいことを思いついた風に言うので、さてどうしたものか。コンビニはすぐ近くで、もうアイスを食べる気満々で。お風呂にも入ってパジャマなんだけど、でも。

『迎えきてー』
「なに? 会いたくなっちゃったの?」
『違うけど早く来て!』

 かわいいから行くことにしよう。カーディガンを掴んで外に出る。夏の終わりの気持ちのいい風に吹かれてながら、駄々っ子になっている彼に会いに行こう。「迎えにきて」だなんて、普段憎まれ口ばかりの彼からは滅多に聞けないし、そもそもあんまり酔うこともないので、酔っているのだって珍しい。
 知らずのうちに小走りになって、パタパタと足音を立てながらコンビニの自動ドアをくぐる。人工的な涼しさに両腕を擦りながら、棚の上にぴょこんと飛び出る丸い頭を目掛けて奥へと進んでいく。彼のサラサラの髪の毛と、まあるい頭は、撫で回したくなるくらい可愛いのに、それをさせてくれないのが二口堅治という男なのだ。

「堅治!」
「おっそ」
「走ったよ?」

 電話口では可愛かったのに顔を合わせるとコレだ。
アイスコーナーの前で律儀に待っていたらしい彼は、自分の分のアイスを掴んでカゴに入れる。その隣に並んでアイスを覗き込む私の髪の毛を掴んで遊ぶ堅治は「風呂入ったの?」と尋ねてくる。お風呂入ったって言ったのに。これだから酔っ払いは。

「これ、名前の好きなやつ」
「よく知ってるじゃん」
「さすが俺ぇ。名前検定1級」

 私の好きなアイスを勝手にカゴに入れて、お会計を終えた堅治と共にコンビニを出る。
 アイスをこちらに向けて「乾杯!」と合わせてくるご機嫌な彼の言う通りにして、この時間にアイスを食べるという背徳感に浸る。

「やべ、アイス垂れてきた」
「わ! ほんとだ!」

 涼しくなってきたように感じても、まだアイスは溶けてしまうようだ。そんな季節の変わり目を、彼と一緒に笑い、肌で感じられるのが嬉しい。
 アイスが溶けるだけで笑い合う私たちをマヌケだと笑う人がいるかもしれないけど。それでも同じものを同じように楽しいと感じられる堅治といるのが楽しいから。
これが私たちの正解。

「ウケんな」
「この甘えんぼの酔っ払いが」
「うっせ」
 
空いているほうの手を掴まれて、ぶんぶん振り回されて。

 帰ろう、私たちの家へ。





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