するりとこぼれる恋心A




「お! 女子チーム発見!」
「浴衣着てんじゃん!」

 そう。私たちは浴衣を着てお祭りにきている。男子たちも夏祭りに行くらしいという情報を共有したら、なんか、こうなった。二口に着ないと伝えてしまった手前、あまり乗り気ではなかったんだけど、「男子たちびっくりさせてやろうよ!」という声に気がついた時にはゆっくり首を縦に振ってしまっていた。
 思惑通り、「浴衣だ!」と騒ぐ男子たちに混ざり、二口は声をあげることはなかった。それどころか「お前ら浮かれすぎだろ」と笑ってクラスメイト達を窘めている。こっそり視線を向けてみても目は合わない。そのうち恥ずかしくなってしまって、背の高い友達の後ろに隠れるように立つ。
 見てほしいのに、見てほしくない。「二口のために、浴衣着たよ」って心の中で呟いてみる。その瞬間、手を団扇のようにパタパタ振り回している二口がチラッと、ほんの一瞬だけ私を見たような気がして、今度こそ完全に友達の後ろに逃げ込んだ。

「ちょっと何!」
「な、なんでもない!」

 そこからは成り行きでみんなでお祭りを回ることになった。大所帯となった私たちはなんとなく二人ないし三人が横に並び、細長くなりながら屋台に挟まれた道をゆく。途中気になった屋台で買った食べ物も全員の手が伸びればあっという間になくなっていく。そうやってシェアをしながらたくさん食べた。きっと私たちだけだったらこんなにいろんな種類を食べることはできなかったから、男子たちの胃袋に感謝。

 ピンク色のわたあめを独り占めしながら列の最後尾を歩いていた私の少し先に二口が居る。一番後ろの私と二口は横に並ぶことはなく一人ずつ縦になっている。わたあめ越しに見つめる二口の背中はとても広くて、それを独り占めできる特等席に頬が緩む。

「なーにひとりで笑ってんだよ」

 おもむろに振り返った二口が一人でニヤついていた私を見て可笑しそうに笑った。

「……あまくて」

 上手く誤魔化せたかな? 二口が立ち止まるので僅かに空いていた私たちの距離が近づく。横に並んでしまってなんとなくそこで立ち止まった。クラスのみんなは最後尾の二人が足を止めていることに気付かずに、どんどん先へと進んでいき、屋台に囲まれた道の真ん中で立ち止まる私たちを人の波が避けていく。そうやって私たちは、ここに取り残された。

「はぐれたな」
「すぐ、追いつくよ」

 うっすらと見える、同じクラスの男子の背中を目を細めて追っていく。まだ、人の間を縫って進めばすぐに追いつける距離。

「追いつきてーの?」

 夜風にたなびく浴衣の袖をクンッと摘まれて、私の草履が砂利を踏む。いつもの距離より半歩分、二口へと近づいた。立ち入ったことのないパーソナルスペースは、まるで山の山頂のように息をするのが苦しい。

「いきなり引っ張らないでよ」
「浴衣、着ないって言ってなかった?」
「俺のために着ろとか言ってたじゃん」

 教室でのやり取りを思い出して頬が熱くなる。二口は冗談のつもりで言ったんだろうけど、私はその時の言葉をきっと忘れることはないだろうし、期待しちゃったりなんかして、浮かれて、でもそんなはずないって落ち込んで。二口の言葉にくるくると一喜一憂してる。そんな自分が情けなくもあるし、可愛くもあって。この夏のことは、大人になってもきっと、忘れない。いや、忘れたくない。
 どうせ、忘れられないのなら、思いっきりやってみてもいいのかも。

「二口に見て欲しくて着た」
「……ッ!」
「……って言ったらどうする?」

 いつもより近い分、二口を見上げる首の角度も大きくなる。私が全力で背伸びをしたって到底届かない位置にある顔が、ぽかんとしたのち険しくなる。怒っているのとも違う、強いて言うならば悔しそうな顔。あまりにも複雑な顔をするものだから可笑しくなっちゃった。

「行こっか!」

 笑ったおかげか肩の力が抜けてさっきよりもずっと息がしやすい。
 そろそろみんなの元に帰らないと。
 人の流れる方向へと歩き出したはいいものの、ちっとも着いてきている気配のない二口を振り返ろうとした時、「ちょっとこっち」と、人の流れを横切って屋台と屋台の間を抜ける。
 掴まれた手首から感じる二口の手の温かさ。手のひらの硬さ。自分のものではないモノが自分に触れる、不思議な感覚。

 そのまま人気のない木々の間へと進んでいった二口は、しばらくすると立ち止まったが振り返りはしなかった。

「どうしたの?」

 その背に向かって声をかけると「お前、なんでそんななの?」と、ボソッとした声で答える。なんで? そんな? と言われても、一体なんのこと。何を言われているのかさっぱり分からず声が出せない。
 どうしよう、なんか怒らせた? 二口の言葉を真に受けて、浮かれて浴衣なんか着て、滑稽に見えたかな? 考えても考えても、なんで≠熈そんな≠熾ェからない。

「浴衣」
「うん」
「着ないって言ってただろ…」
「ごめん?」
「……着てんなら言えよ」

 「なんで?」と出かけた言葉をすんでのところで飲み込んで、大きな背中を見つめる。

 それが言えたなら、私たち今頃こんなふうにはぐれたフリなんてしていない。

「わたあめ食って、笑ってるし」
「それは……」

 本当は二口の大きな背中を見ていたから、そんなこと言えるわけもなくて口ごもる。

「なんでそんな……かわいいことばっかしてんの、お前」

 ムカつく、と言いながら私の手首を掴む手の力が強くなる。その分少しだけ前に進んで二口の背中が近くなった。
 かわいい&キき間違いでなければ、そう言った。あの二口が? 自分の都合の良いように変換されているのではないかと不安に思いながら、どうしても顔がニヤけるのを止められない。かわいい≠心の中で何度も繰り返して、この夏を忘れないように刻む。

 二口に何か言わなければと思うのに、結局心臓がうるさい音を立てるばかり。きっと何を言っても本当のことは伝わらない。だから、だいすきな大きな背中に近づいて、トンっとおでこをその背につけた。「二口」と彼を呼ぶ声は、自分が思っていたよりもたどたどしく、夜に響く。

「……またかわいいことする」
「かわいい?」
「……まぁ」

 「へへ」って、間抜けな笑い声が出る。好きな人に言われるかわいい≠チて、とんでもない破壊力なんだ。

「誰にでもすんの」
「するわけないじゃん」

 やっとこちらを振り向いた二口は、やっぱり悔しそうな顔をする。一体何と葛藤しているのか。

「俺の前だけにしてくんね? そういうかわいい顔」

 私が背伸びをしたって届かない位置にある顔がゆっくり近付いてくる。私はそれに合わせてゆっくりと目を閉じて、ちゅっと柔らかな感触にパチッと目を開けた。

「……おでこ」

 そう、おでこにキスをされた。

「物欲しそうな顔すんな」
「……してない」
「してる」

 ちょっとむくれて二口を睨むと、ようやくいつもの彼らしい顔で笑う。あぁ、私の知ってる顔だ。私の、大好きな顔。知らない顔ばかりを見せられていたから、教室で見せるような顔を見るとちょっと安心する。

「ここはちゃんと告るまでしない」

 そう言って、自分の唇を指す二口はもういつもの調子を取り戻していた。

「いつしてくれるの、告白」
「この夏祭りが終わったら」

 なに、それ。





top


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -