するりとこぼれる恋心@





「二口」
「んー?」

 クラスのみんなと同じように好きな人を苗字で呼ぶ私は、きっと二口の中ではその他大勢のうちの一人。その中から少しでも目立ちたくて、少しだけでも彼に近づきたくて。そうやってミリ単位で詰めてきた距離は意外にも心地よくて──

「今日部活は?」
「テスト期間だろ」
「いたっ」

 丸められたノートがぽかっと可愛らしい音を立てる。痛くもないのに叩かれた頭を抑えながら犯人を見上げた。放課後の教室には数人しか残っておらず、日直の私もその一人。
 いつもなら飛び出るように体育館へと向かう二口が、放課後の教室にいるのが新鮮で、そして嬉しくて、思わず声をかけてしまう。
 二口は、私の前の席の椅子を引くとそこに後ろ向きに腰掛けた。大きな身体を丸めて椅子の背もたれに肘をつく様は、とても窮屈そうだった。
 色素の薄い茶色の髪に少し長めの前髪。スポーツマンらしさの少し足りない髪型だが、彼のバレーへの熱意は本物だ。口では先輩が暑苦しいだの体育館が暑いだの休みが全然ないだのといろいろ零してはいるけれど、彼が手を抜いているようには思えないし、何よりも真剣に取り組んでいるのはその表情を見たらわかる。

 だから、好き。二口からバレーの話を聞くのも、部活に向かうその楽しそうな背中を何も言わずに見送るのも。

「お前の字丸っこくね?」
「そう?」

 丸めた背中で日誌を覗き込んでくる二口のつむじが見えた。背の高い二口の頭を上から見下ろすのってなんか新鮮。すらりと長い指が、私が適当に綴った文字をなぞっていく。そんなにまじまじと見られるのならもっとシャンとした字で書けばよかったかな。
 なぞられる文字に背中がむず痒くなって、目の前のつむじを指で押す。

「下痢になんだろ!」

 両手で頭のてっぺんを抑えた二口が吠える。そういうの信じてるタイプなんだ。クスクスと笑う私にムッとした表情を向けてくる二口は、大きな図体の割にかわいい。いや、かわいいと思ってしまうのは惚れた弱みかもしれない。

「日誌終わるまで待っててくれる?」
「え? やだけど?」
「ふーん」

 口では嫌だと言うくせに、なんだかんだ待ってくれるって知っている。二口は憎まれ口ばっかりなのに優しいから。だって今も、席を立つことはない。そういうとこ。
 二口は私からのメールを律儀に返してくれる。あんまり長くは続かないけど、日付が変わる少し前に必ず「オヤスミ」って終わらせてくれるの。そのおかげで、まだかな、もう一回返信くるかな? って待ちぼうけすることがない。そういう優しさが、すき。

「三時間目って何したんだっけ」
「忘れた」
「小テストだ」

 くだらない話をしながら日誌を埋めていく。

「今日も暑いです。っと」
「小学生の日記かよ」

 上手く描けた太陽に満足しながら日誌を閉じる。いつの間にか教室は私たち二人だけしか残っていなかった。いつもは運動部の声が混ざり合う校庭も、テスト期間中の今だけは静かで、自分のドキン、ドキンと脈を打つ心臓の音が二口に聞こえてやしないかと心配になる。

「誰もいないね」
「……おう」

 机に頬杖をついていた二口は廊下の方を見ながらのんびり返事をする。チラッとその顔を盗み見ようとしてみても、大きな手に隠れてしまって見えない。──ねぇ今、何を考えてる?
 聞きたいことも、話したいこともたくさんあるはずだけど、この空気を切り裂いてしまうのが怖くてできない。そわそわするのに、身動きが取れなくて、カチコチに固まったまま。でも、この居心地の悪いような、良いようなチグハグな空気がずっと続けばいいなと願ってしまったりして。
 二口との距離を縮めたい気持ちと、それ以上は危ないよって引き止める声がある。近づきすぎたその先を私は知らないから。

「コムじゃん」

 ウィルコム≠ニいうおもちゃみたいな携帯電話。カラフルな見た目で格安、文字数制限付きのショートメールと通話ができる今流行りのやつ。ウィルコム同士は通話が無料だってことで、周りのお友達がみんな買うから、なんとなく買ったもの。
 机の上に置いてあったソレを摘んだりひっくり返したりする二口。大きな手の中にあるとミニチュアみたい。

「二口持ってる?」
「持ってるように見える?」
「見えない。暇電できないね」

 冗談に聞こえるように笑いながら告げた本音。本当のところは、二口がウィルコムを持っていたとしても、電話なんてできっこない。

「俺電話より直接会いたい派」

 二口もニヤりと笑ってそう答える。
 直接、会いたい派。忘れないように頭の中でメモをとる。二口に丸っこい≠ニ言われた癖字で、日誌に書いたものよりもかわいくなるように気をつけながら書き留める。「それなら、暇な時私と会ってくれる?」そうやって聞けたらいいけど、そんなこと聞けない。彼女でもなんでもないもの。

「そういえばさ、今度の祭り行く?」
「えっ!?」
「あっいや、俺はクラスのヤツらと行くんだけど……女子も行くの? っつー話……」

 二口は少し驚いた顔をした後に、頬を掻きながら詳しく話してくれた。
 お祭りに誘われたのかと思っちゃった。そんなことあるわけないのにね? たぶん二口にもそれが分かったからすぐに訂正の言葉が出てきたんだろうな。すごく恥ずかしくて顔が熱い。

「行く! 男子も行くんだね!」
「おー」

 恥ずかしさを誤魔化すように大きめの声で答える。
「会えたらいいね」そう言えたなら、少しはかわいいなって思ってもらえたりするのかな?

「浴衣着んの?」
「着ないよ」
「そこは着ろよ。俺のために」

 何言っちゃってんの、ほんとに。





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