07


「そういえば貴方のお名前は?」

「…ベル」

「ベル、よろしくね」


 自己紹介をする機会としては最悪の場面だった。
何が悲しくて身動きの取れない捕まった者同士で名乗り合わなければいけないのか。
「アキラよ」と答えられたものに対して「知ってる」と答えた少年は今までずっと隠していた頭が丸見えの状態だ。
アキラにはその綺麗な金髪も長い前髪も白い肌も見えてはいないのだが、ふたりを縛った行商人達はそれはそれは驚いた。
天使の輪のかかる艶やかな金髪は誰が見たって綺麗だとしか表現しないだろう。
白い肌も相まって声を聞いていなければ女だと間違えられても文句が言えないのではないだろうか。隠されていたからこそ、その金髪には目がいくし、隠されていたからこそ価値のあるものなのだろうと思ってしまうのは仕方のないことかもしれない。


 手首の縄はそれほどきつく縛られてはいないようだが、胴回りをぐるぐる巻きにされているために手首まで動かすことができずにいる。
おまけに背中を合わせるような形で旅人、改めベルとアキラは一括りにされてしまっているので身動きの取れない状況だった。


「こいつら貴族でもなんでもなさそうだな」

「チッ装飾店の差し金か?」

「それにしても綺麗な男だな。女も顔は悪くない。身売りにでもして稼ぐのもありだなぁ」


 どうやら想像していたよりはあくどい商売にも手を出している者達だったらしい。
 先程ベルが言ったように貴族相手にはあまりいい商売はできなかったらしく、納屋にはまだ沢山の装飾品が散らばっている。商売相手を見誤ったが故に余計な支出だけをして在庫過多となる一歩手前と言ったところか。橙色の天然石をあしらった装飾品は季節を問わず店頭に並ぶ品ではあるが、やはりこの祭りの時期に合わせて新しい物を手に取る人たちが多い。
祭りの時期を過ぎれば行商ではもちろん売れないだろうし、装飾店にも新しく仕入れた品が並ぶので益々需要がなくなる。


 そんなところに現れた男女2人組を腹いせに売り飛ばすという計画は、半分冗談で半分本気だ。
身売りまででなくともその綺麗な髪を切って売ってもいい金になるだろうなどと、盛り上がる。


「なぁ、手は出すなって言ってたけどそろそろよくない?」

「…あまり手荒な真似はしたくないけど、話を聞くにただの行商団ではなさそうだしね。でもどうする?捕まってしまったわよ」

「どーすっかなー?身売りは勘弁たぜ」


 顔は見えないが苦い顔をしているのが何となくわかる。心底嫌そうに舌を出したベルはやはり余裕があるのか、この状況でも焦った感じはなく、合わさる背中から伝わる体温が暖かくてアキラまで落ち着いてしまう有様だ。決して広いわけではない背中、ついさっきまで名も知らなかった少年から暖かさを分けてもらう程打ち解けているということに今更ながらに驚いたアキラだが、そういえば紅い目の男がベルのことを使える奴だと評価していたことを思い出す。
 彼の言葉を鵜呑みにする程親しいわけでもないし、相変わらず名前も知らない人に変わりないが、あの人が言うのならそうなのかもしれないと納得させられる何かが彼にはあると思ったし、アキラ自身、自分の直感が外れたことはない。自分が信じようと思ったのだから今更疑う必要はないのだと、縛られて身動きのできない今の状況でも感じている。
そんなことがレヴィに知れたら、またぐちぐちと小言を言われるに違いないがそんなことですら平和だなと感じるのだ。


「う"ぉおい!誰もいねえのかぁ!?」

「な、なんだ!?」

「家屋の方だ!誰か来たぞ!?」


 さて、どうしたものかなんて悠長に構えていたところに鳴り響く騒音。
一度聞いたら忘れることのない特徴的な声色と怒鳴り声が納屋ではなく家の方に響き回っている。少し距離のある納屋にまで立派に届くその声の持ち主は、銀糸の髪を靡かせながら向こうで暴れているに違いない。ここに辿り着くのも時間の問題だ。
彼は見たところ1番の常識人でもありそうだし、この状況を見れば説明をすることもなく察して動いてくれるに違いない。元より行商人達を力でもって懲らしめればいいという意見に大きく頷いていた人物だ。
正当な理由が目の前に転がっていたら迷うことなく暴れるのであろう。


「ししし、スクアーロの奴遅えっつーの」

「向こうにも人がいるのかしら」


 物が倒れる音、壺が割れる音、人の叫び声や怒鳴り声。それらが聞こえるということは向こうにも人がいてスクアーロと呼ばれた銀糸の彼はそちらの対応をしているのだろう。
何故この場所に辿り着けたのか分からないが助けにきてくれたことに変わりはない。彼ひとりで来たのか、それとも紅い目の人やレヴィも一緒に来てくれているのかまでは分からないが、これでひとまず売られたり髪を切られたりする心配はなさそうだ。


「お前らの仲間か!?くそっ、いつの間に呼びやがった!」

「立て!女だけでも…!」

「うわっ」


 無理やり立たされながら体に巻かれていた縄が切られる。急な締め付け感からの解放と、長らく地面に座らされていた足への負担でよろめくアキラとベルはそれぞれ別方向に放り出された。
なんとか自力で踏みとどまったベルが後ろを振り返った時には、髪の毛を掴まれながら無理やりに立たされるアキラの姿が目に入った。


「離しなさい」

「いつまでも強気な女だな!?暴れるんじゃねーぞ、お前は人質だ!」


 いつも高い位置で結っている髪を今日は珍しく下ろしている。レヴィが服とともに用意した髪飾りにあわせて編み込んだ部分も、引っ張られたせいでぐしゃぐしゃになってしまっている。
毛先が真っ直ぐにならない少し癖のある髪質を気にしていたアキラだったが、触れば見た目通り柔らかく指をすり抜けていく髪が好まれているということはアキラの知らぬところだった。


「ベル…!」

「アキラ!今、助け…」

「逃げて!!」

「はぁ!?」


 初めて顔を合わせることとなったアキラとベル。珍しい黄金色の髪や、前髪で隠された瞳などに驚く暇もなく叫んだのは逃げろの一言だった。それは流石のベルも予想外だったようで素っ頓狂な声をあげて、素っ頓狂なことを言い出す少女を見つめる。
 一方、何を言っているんだという目で見つめられていそうな気がしているアキラではあったが、言ったことを撤回するつもりもなければ何をそこで突っ立っているんだ早く行けと言ってやりたいところだった。

 元々がベルはただの協力者である。
町の人に相談を持ちかけられたのはアキラだし、アキラひとりではこの納屋に辿り着くのももっと時間がかかったか、あるいは納屋まで突き止めるつもりもなかったのでこの件が解決しないまま祭りの時を迎えていたかもしれない。
暇潰しだったのだとしても、ここまで連れてきてくれたベルに感謝こそすれ、道連れにするつもりはなかった。


 両の手が使えないのは厄介だが両足は使える。手を縛られている縄もあまり頑丈ではないようで手首を捻る余裕もある。
ベルを逃した後に自分も隙を見つけて逃げ出すか、縄から手首が外れるのが先か。

 アキラはまだ諦めていなかった。


「おい!男の方はいい!女の髪だけでも切ってずらかるぞ!」

「ベル!早く!」

「おい女!動くんじゃ…!」


 アキラの柔らかな髪が一房、野蛮な男の手に握られる。無理に引っ張られる痛みに顔を歪めながらもその顔は決して弱気などにはならなかったし、前だけを見て、目の前のベルを逃してやることだけを考えて必死に前髪で隠れているはずの瞳のある位置に訴えかける。
 黒い外套で身を隠していた時も今も目元を直接見ることは叶わないが、いつだってベルとは目が合っているような気がしていたのだ。その瞳が隠れていようが、前髪の下で両目が閉じられていようが、だ。


 あまり斬れ味の良くなさそうな小刀を充てがわれる。
髪は女の命だとどこの国でも言われていることだし、アキラくらいの年齢の女にとってはなおのこと。そんな状況に置かれながらもこれから切られてしまうのであろう自身の髪の毛のことよりも、ベルを見つめて必死に逃げろと叫ぶアキラ。

 暇潰しになればと付き合っただけのつもりだったが、なかなか面白い女だったな、なんてこんな状況でありながらベルは歯を見せて笑ったのだった。


「…おい」

「なんだてめえは!」

「うちのカスと、…ついでにそこのドカスを返してもらう」


7.見つめ合う視線は透過する



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