06


「こんばんは」

「…このお転婆娘が」

「褒めてくれているのかしら?それにしては嬉しくないわ」


 懐から取り出した和紙をひらりひらりと見せびらかしながら登場したアキラに隠すこともなく溜息を吐いてみせたレヴィは差し出された紙を受け取り手の中でそっと開く。その中には一つの家紋が記されていた。

 言葉なしに家紋を確認しそれをその場で火に焚べてなかったことにする。


「藤ノ宮のものかと…」

「行商人とは関係なさそうね」


 城下町の装飾品を買い占めていたのはあの日この家に入っていった男で間違いがなさそうだというのは、その日のうちに数軒の店主に確認をとった。

 店の奥、作業をするレヴィの前のお決まりの席で出された飲み物に口をつけることもなく考え込むアキラ。


 盗んできた商品を売りつけているのであれば話が早かったのだ。
それならもうあとは居場所を確かめて殴り込みにでもいけばことが収まる。
しかし何度も言うがこの行商人達、装飾店から品物を買うという当たり前のことをしていると言われてしまえばそれ以上口出しができない。全て買う必要はないのではないかと道徳的な言葉を並べてみたところで、それも金なら払ったと言われれば返す言葉が今の時点では見つからない。

 残るは買った品物を買値以上の値段をつけて売りつけている場合だが、彼等が何をどれくらいの値段で裁いているのかまで確認するのもまた難しい。


「いらっしゃい」

「あ、またおもしろそーなことしてんの?混ぜて〜」

「……いつの間に仲良くなったんだぁ?」

「秘密ー鮫には教えてやんないよ」

「別に知りたかねぇよ」


 黒尽くめの3人組はあいも変わらずな格好で前回と同じ席に座るが、一番年少であると思われる少年だけがその席を通り越しアキラの隣へと腰掛けた。
口元しか見えないというのは不気味なものだがいかんせん少年の醸し出す人懐っこい雰囲気がそれを和らげる。


「昨日ぶりね」

「行商人をぶっ潰すんなら俺も混ぜてよ」

「まだぶっ潰せないのよ」


 まだなんて言っているあたり、アキラもこの行商人達のしていることに腹を立てているのかもしれない。
行商人が異国の者であろうがなかろうがアキラが納得がいかないのはそんなところではなく、欲しい人に欲しい品が行き届かないのいうところにあった。

 町人も貴族も分け隔てなく買う権利を有するのに、買い占めて売りに出かける先が貴族だけとは如何なものか。
 そもそも行商をしたいのであれば装飾店に並ぶ前の品物を買い付けるのが本来のやり方であるし、その方が幾らか安く仕入れることも可能だろう。
わざわざ一度店頭に並んだ品物を買い占めることに不利益以外の何があるというのだろうか。
こうして流通を堰き止められたものは価値が上がる。それを狙っているのだとすれば困りものである。


「気に入らない奴らなんでしょ?そんなの叩きのめしちゃえばいーじゃん」

「気に入らないというだけで懲らしめるわけにはいかないでしょ?きちんと理由を説明しないと反省しないわ」

「そんな呑気なこと言ってていーわけ?お祭りもうすぐなんじゃねーの?」


 先日少し話しただけだというのによく理解をしたらしい少年のもっともな意見に頷くのは銀糸の男。彼もまたこの少ない会話で事のおおよそは把握したらしい。
気に入らなければ蹴散らすという部分に対して、大きく頷いたのを見た。


 アキラはお転婆が過ぎるが喧嘩や暴力が好きなわけではないし、どちらかといえば平和主義者だろう。しかし強すぎる正義感ゆえに平和を乱そうとする人を黙って見過ごすこともできずに首を突っ込んで言った結果、じゃじゃ馬娘だなんだとからかわれることになる。


「とにかく彼らのやり方を根底から否定できるものがあればいいんだけど…」

「………俺いいこと思いついちゃった!」







「そこの者、行商人か?」

「はい。装飾品を専門に取り扱っております」

「お嬢様、見せていただいては?」

「お嬢様のような方にお似合いの品々、ご用意ございますよ」


 どこにでもいる町娘姿から一変、貴族の娘に扮したアキラとその従者に扮した旅人の少年は偶然を装い行商人を呼び止めた。
召し物はレヴィが用意してきたもので、なかなか触り心地のいい生地である。これは間違いなく紛い物ではなく、本当に一級品だろう。

 少年は相変わらず頭から目の下あたりまでを布で隠しているが、真っ黒だった出立ちが白に変わるだけで威圧感が消えるものだから不思議である。


 長く連れ添った友人というわけでもないのに、彼がこうして敬ってくる姿に違和感を隠しきれないアキラは、本当に大丈夫なのかと心配になりながらも袖口で口元を隠しながら微笑んだ。


「気にいる物がないわ」

「ここにあるのはほんの一部にございます。また日を改めて違う品をお持ちしましょうか?」

「今日欲しいのよ。装飾品が決まらないとお祭りの衣装も用意できないわ」

「左様でございますか…」


 見せられた品々は確かに装飾店で買われたものの中の中価格帯から高価格帯のもの。安価なものは元より省かれているのか見当たらない。
貴族を中心に行商に当たる彼ららしい品揃えではあるが、手頃な価格のものは一体何処にいったというのか。それがアキラの最も気にする所であった。


「品は他にもございます。お時間がおありでしたら、本日中にご自宅に伺わせていただきますが…」

「何処か別の場所に保管を?」

「それではお嬢様!これからそこに案内してもらってはいかがでしょうか!」



 名案だとばかりに手を叩いて進言をした従者役の少年はそのままアキラの手を引いて行商人の横を通り過ぎる。少し行った先でぽかんとしている行商人に一言「何をしている。早く案内しろ」と伝えたらもうこっちのものなのであった。

 なんとかことが進んだことに安堵の溜息を吐いたアキラ。一か八かの賭けだったのだ。少年の思いついたいい作戦というのがこれで、このまま彼等の縄張りに案内をさせる気でいるらしい。そこまで行ってしまえばなんやかんやと証拠を叩きつけてもうこの町で、いやこの国で悪さをしようなどと思わないようにしてしまおうというのが2人の作戦だった。


 握られたままの手を握る力が少しだけ強まったので、斜め上にある少年の顔を仰ぎ見る。相変わらず頭から目の下までが隠れる格好だったが、彼が喜んでいるのがなんとなく分かったのでアキラも声を出さずに掌で答えてやった。

 アキラが囮役のようなことをするのに大反対をしたのが店主のレヴィだ。
最終的にこんな上物の服まで用意しているが作戦を聞いた時は断固反対。なんでアキラがそこまでする必要があると文句を垂れながら、また余計なことに口を出してとアキラへの小言も飛び出して止まらなかったのだ。小言は聞き慣れているアキラだが、自分が町の人から相談を受けたのだと手を引くことを良しとはしなかった。

 ならば従者役として自分がお供すると言い出したのもレヴィである。しかしそれにはアキラも反対した。レヴィは体が大きく目立つ上に、この閑古鳥の店主として町の人達に顔が知れている。
 そこで面白そうだという理由で名乗りを上げたのが少年だった。この作戦を思いついた張本人でもある彼ならばと承諾したアキラに対し、こいつで大丈夫なのかと反対したレヴィを黙らせたのが紅い目の男だった。


「そこらへんのドカスよりは使える」


 褒めているのかどうなのか判断に困ったが、評価された本人が嬉しそうに肩を震わせたのを見て褒め言葉なのだと知る。


 町から少し離れた古びた家の納屋まで案内をされた2人の目の前に高価格帯の装飾品が並べられる。家の方はきっともう使われてはいないのだろう。ここも、正式に借りているのかどうか怪しい。


「何故こんなに多くの装飾品を?」

「もうすぐこの国最大の祭りですからね。需要がある物を提供するのが私どもの目指す所です」


 聞こえはいいが彼らの行なっていることはこの町の流通を乱しているのに変わりはない。
流通を故意に塞きとめ価格を変動させるなんて言語道断。この装飾品は、然るべき場所から然るべき者へと渡る予定だったものなのだ。そのせいで欲しいものを買えない民がいること。それがアキラにはどうしても許すことができなかった。


「貴族だけでなく町の人達にも買わせてあげたらいいのに。あのお祭りで橙色の装飾品を身にまとって踊るのはむしろ貴族ではなく町人の方よ」

「なっ…」

「お前らあんまり貴族相手に売れてないんじゃね?こんなに余ってるところを見るとさ」


 祭りは元々、国の豊作を願い農家の娘たちが踊ったのが始まりとされている。
いつしか王家にも伝わり、国の繁栄を願う祭りに変わっていったが今でも国境沿いなどでは村単位で豊作の祭りとしてささやかな祭り事が行われている。この祭りを楽しむ主役であるべきは、王家や貴族などではなく町民なのだ。
だからこそアキラは怒っていたわけだし、本当に必要な人の元へと届けてあげたいと思ってもいた。


「貴方達がした行為はこの国の流通の妨げ。平和条約の敷かれた今、裁きを受ける覚悟はあるの?」

「お前ら…ただの貴族ってわけじゃないな!?」

「アキラ!ぶっ飛ばす!?」

「駄目よ!話し合いで解決しないと」







 ご丁寧に両手を背後で縛られた上に、2人を背中合わせにして簀巻き状態にされたアキラと少年。身動きはおろか立ち上がることもお互いの力を合わせたとしてもなかなかに難しかった。

 おちょくって暴れだしたところを叩きのめすつもりだった少年が今こんな状態だったのには訳がある。

 アキラのせいだ。

 相手がまだ何もしていない状態ですでにやる気満々だった少年の前にアキラが立ちはだかってしまったのだ。勢いを殺され、もだついている間にあれよこれよと数で押さえつけられて今に至る。


「旅人さん頭巾がとれてしまってるんじゃない?」

「あー最悪。こっち見んなよ」

「見たくても見れないわ」


 アキラの首元に少年が被っていた頭巾がはらりと落ちたのが分かった。
今なら彼の素顔を拝むことができるのかもしれないが生憎しっかりと縛られてしまっているのでそれは叶わない。

 こんな状態なのに呑気なアキラに対して怒る気も失せた少年は、逆に面白くなってしまったようでこの状況を楽しみ始めているようだ。


「なぁ、アキラ、生きて帰れたら俺の顔見てもいいぜ」

「あら、それはなんとしてでも無事に帰らなくちゃね」

「呑気な奴だな」

「ねぇそういえば貴方のお名前、聞いてなかったわね?」


6.名前をよぶ契約



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