05


「商品の買い占め?」

「そうなんだよ。どこの店でもね、入荷したらすぐ買い占められちまって困ってんだ」

「だからここだけ何も置かれていないのね」

「でもねアキラちゃん、金は払ってくんだよあいつら」


奇妙な客がいるという噂を耳にしたアキラが様子を見にきたのは一軒の装飾店だった。
店内の一角だけ商品が何一つ陳列されていない棚がある。物盗りにでもあったのかと思われるほどその一箇所だけが何もなかった。

そこに置かれていたのはこの国の象徴色でもある橙色の石を使った様々な装飾品。安価なものから高価なものまで取り揃えはあるが、どれもこの国で採れた天然の石を使ったものである。


「もうすぐ祭りだっていうのに困ったね」

「他のお店もこうなの?」

「どの店もそうさ。本当に欲しい人達に渡らないなんて間違ってるよ!」


もうすぐ行われる祭りでは橙色の石を使った装飾品で着飾るのが昔からの風習で、今の時期が1番の売り時でもあり、客もそれを求めて来る人が多い。
それなのに全て買い占められてしまっているというのは、どちらにとっても大変困るものだった。
そしてそんな珍客を無碍にできないのが「悪いことはしていない」という点であった。盗みを働く訳でもなく、それどころか金だけはあるようで大金を惜しみなく払っていくのだという。店の儲けにもなってはいるが、商売というのは儲けがあればいいという訳ではない。

本当に必要な人のために、その品物を大切に扱ってくれる人の所へ送り出してやるのも仕事の一つ。


他の店も同じような有様で、話を聞いている間にも1組の親子が店を訪れたが残念そうな顔をして出ていったのをその目で見た。手を引かれる小さな子供の髪飾りでも選びにきたのだろう。


「レヴィいる?」

「はい、ここに」

「最近この町で不審な動きをしている異国の者はいないかしら」


どの店も商品を買い占めていくのは異国の者だと言った。使う言葉は同じでもちょっとした癖や訛りが国によって違うのだ。
隣国との平和条約が結ばれてから随分と経つ。異国の者がこの国にいても騒ぎになるほどではないが、やはりまだ目立ってしまうのは仕方がない。

異国の者なら尚更、橙国の祭りの為の装飾品は必要ないはずだ。


「不審…と言うほどではありませんが、貴族や上流階級の者達専門の装飾売りが話題だとか」

「装飾売り?」

「品揃えの豊富さが売りのようです」


閑古鳥の開店準備を行なっていたレヴィはその手を止めて難しい顔をする。
また、いつものお節介が始まってしまったのが分かったからに違いない。何度言って聞かせてもこのお節介焼きな性格が直ることはなかったし、何よりも困っている人をほっておけないのだ。優しいと言えば聞こえはいいが、何もかもを背負おうとして潰れるのはアキラだ。

今まではアキラひとりの力でどうにかできる程度だったから良かったものの、それも運が良かったとしか言えない。
少しお転婆が過ぎるおかげもあって自己防衛と簡単な体術ができるくらい。それだって女の力なんてたかが知れたもので、力尽くで押さえ込まれたりしたら抵抗など出来ないのだ。

それを何度も言い聞かせているのだが、一度痛い目を見ないと懲りないのだろうか。いや、痛い目を見たところでアキラの性格が変わるなんてことの方が確率的に低そうだ。


溜息をついたレヴィの顔を不思議そうに見つめ返すアキラはまた、誤魔化すように笑うのだった。







貴族の屋敷は城下町から少し離れた落ち着いた場所に多くある。町の喧騒も届きにくくゆったりとした時間の流れる一角だ。
王宮に近ければ近いほど土地の価値も上がり、貴族としての階級も上がる。そんな風に決めたわけではないはずだったが、いつからかこういう仕組みになっていて、上へ上へと、少しでも王宮に近い位置で過ごそうと思う者たちも少なくなかった。

緑の多いこの辺りは空気が澄んでいて住みやすい土地であるのには変わりないが、アキラはやっぱり城下町の昼の穏やかな賑やかさと、夜の箍が外れた賑やかさの方が好きだった。


「とりあえず異国の者が装飾品を売っている所だけでも確かめないと…」

「なんで?」

「なんでって証拠もないのに後をつけたりしたら……なんで?」

「いや、だからなんで?」

「なんでじゃないわよ。なんでいるの?」


とても小さい独り言のはずだった。
装飾店の商品を買い占めている人物と、貴族に売っている人物が同一人物または同じ組織の人間なのか。それが分からなくては何もできまいとひとり城下町から離れたこの地へやってきていたはずだった。

少しでも顔や服装を見る機会があれば、一度町へと戻って店主に確認を取らねばなるまい。そんなことを頭で考えながら来るかも分からない異国の者を待ち伏せしていたアキラの背後にいたのは、昨夜出会った旅人であろう3人組のうちの1人だった。


相変わらず黒い外套と顔の半分以上を覆い隠す頭巾。雨が降っているわけでもないのにこういう格好をしているということはあえてかぶっているものなのだろうとは思うのだが、前が見えているのか些か心配になるのがアキラがお人好しでありお節介焼きである証拠と言える。


「オレは暇つぶし。あんたはこんな所で何してんの?」

「……私も暇つぶし」

「ふーん?」


昨日はあまり話しかけられたくなさそうな雰囲気を感じたのだが、この少年はそういうわけでもなさそうだ。
銀の髪の彼も警戒はしているものの必要な質問には答えてくれる人なのだということも分かった。
紅い目の彼だけはやはり何者も寄せ付けないとする強い意志が感じられたが、側にいる人間がいるということは誰とも馴れ合わないという訳ではないのだろう。


「貴方、前は見えてるの?」

「しししっ、失礼な奴」

「あら、気分を悪くされたなら謝るわ」


目のありそうな位置を見つめてみても目が合っている感覚はないが、何故か自分は見られているのだと感じる不思議。顔の前で手を振ってみたアキラの細い手首を迷うことなく掴んで停止させてみせたので、やはりどういう仕組みか分からないが見えているらしい。


旅人の彼に町でのいざこざについて話すのは気が引けたが、どうにもこの件に興味を持ってしまったらしい少年にせがまれておおよそのことを伝え切った頃だった。


「あっ」


大きな風呂敷包みを大事そうに抱えて足早に過ぎ去るのはこの国の者ではない男。
一軒の屋敷の前で衣服を正し、何やら書状のようなものを門にいた使用人に手渡すと、数秒ののち屋敷への入居の許可が下りる。

風呂敷の中身まで確認するのは困難だが、あの男で間違いないだろう。
あまり屋敷の中に他所の者を入れたがらないのはどこの家も同じで、特にこの辺りは様々な争いが水面下で行われているような家柄の者達が住まう場所。
屋敷に誰を呼んでいたのかが知れ渡るだけでありとあらゆる噂が飛び交うような、陰湿さも貴族ならではのものなのかもしれない。


アキラはわざと大きな音が鳴るように土を蹴りながら男が入っていった屋敷の前まで出ていった。それを角から見守る少年は、小さく小さく口笛を吹いた。
まるで、行商人をずっと追いかけてきたかのように息を切らして走り込んできたアキラに門番は声をかけた。


「どうしたんだいお嬢さん」

「あっ、男の人の落し物を届けに来たのだけど…この辺りで見失ってしまって」

「落し物?」

「えぇ、風呂敷を持った異国の方だったのだけれど」

「あぁ、その方ならうちに…少し待っててくれないかな?」


そう言って、門番は屋敷の中へと入っていった。
その隙にアキラは家紋を紙に書き取り懐へとしまうと、首だけを屋敷の中へ入れてそそくさと戻ってくる。


門番が戻ってくる前にできるだけ遠くへ。

少年の元へと小走りに戻ってくるアキラに足音はない。足跡は、門の前でぴたりと止まりその先はどこにもなかった。見る人が見れば屋敷内への侵入を疑うだろうし、足跡があることすら気付かない人もいるだろう。

ひとりきりでここまで乗り込んでくる度胸と、それを可能にする細やかな技術がアキラには備わっている。


アキラは装飾店の店主に再度顔や服装の特徴を伝えて照合したいのだと町に消えていった。


「おもしれー女」


5.智慧者は河をわたる


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