04


「此処で一番の酒を出せ」

「見ない顔だな」

「余計な詮索してんじゃねぇぞぉ」


一番のとは値のことなのか度数のことだったのか。
店主は酒の強さの方だと解釈をしたらしい。明るく暖かな琥珀色が揺らめく上物の蒸留酒をことりと置き、まだ若い黒づくめの青年達を見た。

全身を黒で隠す青年達の怪しさと言ったら計り知れないものがあり、中でも紅い目の男は黒の中に唯一存在するその紅に捕らえられたらもう逃げられないのだろうと思わせる何かがあった。
紅い目の男が間違いなくこの3人の中では中核を担っている。
だが他の2人も部下なのかと言われればそういった風にも見えなくて、友人なのかと言われればこれもまた。


闇に溶け込みそうな色合いながら、個々が放つ存在感が折角の黒を台無しにしているのではないかと思えた。


「ここらは初めてですか?」

「……あ"ぁ」

「あまり昼間は出歩かない方がいい。あなたらみたいなのは表では目立つでしょう」


表と表現されたそれは文面通り表通りのというわけではなかったのだが、確かにまだ明るい時間にこの浅蜊という町に辿り着いていた一行は髭面の店主の言いたいことの凡そが理解できていた。


同じ浅蜊という町でありながら、昼と夜とで町の風貌ががらりと変わる。
活気の溢れる城下町は夜になると酒場町へと姿を変えて、暗がりとともに裏の人間が主役に変わる。
表と裏は共存の中で理解し合うことはなく混ざることもない暗黙の了解の中で均衡を保っている。
相容れないものや思想があるのは人間の世界では仕方のないことで、浅蜊の町は主となる生活の時間を変えることで必要以上の交わりを避けてきたし平和を保っていた。


酒場「閑古鳥」


名前の通りになれば良いなと店主が自らつけた名前だが、理想に反してそこそこの売れ行きだったものだから由来を知る者に時たま馬鹿にされている。
店主のレヴィは大柄で無愛想な男だが、根が真面目な上に仕えている主人の命には絶対服従する忠誠心の塊のような男だった。

実はこの酒場、その仕えるべき主人の命で開店させたものである。
主人が必要ならばと本来の仕事を一時離れ、酒場の店主として過ごす傍常に町の情報を集めていた。
それこそが真に主人が望んだことであり、レヴィに託された長期に渡る重要任務。


「こんばんは」

「…また来たのかアキラ。何度来ても酒は出さんぞ」

「あら、店主さんまでそんなこと言うの?シマさんにも同じようなこと言われたわ」


酒場には似つかわしくない声が律儀に夜の挨拶を告げる。
入ってきたのはアキラだった。
定位置になりつつある店の奥、店主の目の前の席に腰掛ける。この席から店全体を眺めたり、レヴィの手元を見たりして過ごすのが好きだった。

何も言わなくても彼女の為に飲み物が注がれ、いつもの場所にことりと置かれる。
一連の流れが彼女がここの常連であるということを物語っていた。


「今日は珍しいお客様がいるのね」

「旅の方だろう。首突っ込むなよ」

「何よ、みんなして。失礼しちゃうわ」


相変わらずぶっきら棒ではあるが、普段の店主しか知らない人間がアキラと話す店主を見たらさぞ驚くだろう。
笑顔を浮かべるわけでもないし、口調が優しくなるわけでもないが、どこか少しだけ柔らかくなるようなそんな雰囲気がある。

なんたって怖い顔をしているのだ。
耳に空けた穴からぶら下げた鎖は唇へと伸びており、鋭い瞳に大きな身体。子供は必ず泣き喚くし、明るい時間に外を出歩けばさぞ目立つだろう。
そんな強面の店主が心を開く少女アキラは一体何者なのだろうか。


「貴方達この町には今日?」

「……………」

「いつまでいるつもり?」

「……………」

「もうすぐこの町で大きな祭り事があるの。一年に一度の機会だから是非見た方がいいわよ」


アキラの問い掛けに誰も返していないのだが、彼女はそんなことは気にすることなく人懐っこい笑みを浮かべて話し続ける。
最後にはずっと黙ったままでいた銀糸の青年が「…あぁ、まだいたらなぁ」と返してしまったくらいである。

人畜無害とはこんな笑顔を言うのだろう。

見るからに夜の人間である彼らに対しても、昼間の人間に向ける笑顔と同じものを向ける。
アキラの中に、表と裏という隔たりはない。どちらの人間とも分け隔てなく付き合えるし、どちらの人間にも受け入れられる。彼女の人柄がそうさせるのか、彼女の人畜無害な笑顔がそうさせるのか。


どちら側でもあり、どちら側でもないアキラだからこそそれが可能なのだ。


3人の中で一番常識的で社交的だったのは銀糸の青年だ。アキラの無害な笑顔に絆され返事をしてしまったのがその証拠。
無視をし続けても話しかけるのを止めないアキラに少し呆れてもいるらしい。

店の中だというのに外套をすっぽりと被り顔の半分を隠している青年、いや少年は唯一見える口元から「しししっ」と楽しげな笑い声をあげた。
何がお気に召したのかは分からないが、アキラと銀糸の彼のやりとりが少なからず面白いものだったのだろう。


「……………」

「??」

「行くぞ」


紅い目の男がそう告げて立ち上がる。

最後まで何も言わなかったその青年の、紅い瞳に見つめられ小首を傾げるアキラ。顔にはまた人畜無害な笑顔が浮かんでいるが、そんなもので動じるような男ではなかったし、こんな笑顔ひとつではどうにもならない相手であると彼女も察したようだった。


「邪魔したなぁ」

「いや、また来るといい」

「じゃあね、おねーさん」

「またね旅人さん達」


4.閑古鳥が鳴く頃に


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